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田町・デーモン・サスピシャス

 ひときわ強い風が吹いた。ノリオは反射で札束の山を押さえた。
 田町は素敵な街なのに、晴れた月夜はボロ屋だけ隙間風がひどかった。
 ノリオは背後の視線に振り返る。天井に黒い影が横切った。
 兄のタツロウがネイルガンを撃つ。
 また叫び声がした。
 釘だるまの男女とラップに包まれた札束をランプが照らす。詐欺師殺しも七度目となり、見慣れた光景だ。
 また叫び声がした。
 タツロウは膝立ちの男を見下ろす。太い指が引き金にかかる。
「なんでですか」
 片言の日本語を話す男の膝から、釘の頭が出ていた。
「嫌か」
「はい」
 男の眼が潤む。
 ぱしゅ、ぱしゅ、と音がした。床が頭を打ち、鈍い音をたてた。ぶつかった拍子に釘が奥までめり込んだ。
 ノリオは釘抜きを手にとる。骨に食い込んだ釘は指だと抜きにくかった。
「釘頭をつぶすなよ。前は5本も使えなくなった」
 タツロウが忠告する。
「じゃあ、もっと上手くやれ」
「お前が上達しろ」
 ノリオは釘と格闘する。死体から6本抜くだけで1時間もかかった。
「今日から床を張る」
 タツロウが工具を転がした。
「椅子だろ?」
「あれは手慣らしだ。早くしろ、呪いが冷めてしまう」
 ノリオは作業に取りかかった。
 盗った札束を安全に保管するため、タツロウは呪いの家を作りはじめていた。人を殺した釘には恨みが宿る。誰も来ない家には金を隠し放題だ。
 最初の殺しの後、兄は本気で言っていた。
 バールをどんどん床に突き立てる。湿った床板が勢いよく剥がれていった。
「おい」
 兄の声にノリオが振り向いた。床板の下に、口を開けるように穴があいていた。
「見えるか。霊感あんだろ」
「……いや」
 嘘だった。ノリオには色が反転したネガの街が見えていた。寒々しい色が禍々しく波打つと、家中の視線が強まった。
 肩に痛みが走った。
「伏せろ!」
 窓ガラスが割れた。外で誰かが叫んでいる。
 罰が当たったんだ。
 ノリオは穴の淵に手をかけた。逃げ場は他にはない。ネガの街は田町によく似ていた。

【続く】


3年前に書いた逆噴射用のお話です。いつまでも手元に置いといてはいけない…

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