地雷拳〈ロングバージョン23〉
承前
姫華が拳をカンフーロボから引き抜く。力なく倒れる鉄の塊を踏み締め、瘤川教授と相対した。
「正面玄関の始末をしてくるのだ」
瘤川教授が命じる。
「ですが」
「……行け」
ばらばらとハガネシリーズたちが出口に向かおうとした時、轟音がした。
一人の身体が浮き、天井にぶち当たった。出口にいた鉄の戦士が破壊された。
「なんだ!」
「姫華!」
それは姫華にとって聞き馴染んだ声だった。
「師匠!!」
白シャツ姿の美空だった。スラックスからスラリと伸びる脚で回し蹴りをかました。セットされた髪は少しも乱れていなかった。
「小癪な!」
視界の端に鞭のようにしなる腕が見えた。姫華は空中で身体を捻り、美空と背中合わせに着地した。
「なんで……!? あたし、師匠に話してなかったよね!?」
「ホストだから……それじゃあ駄目か?」
おそらく姫華の事情を汲んで様子を見ていたのだろう。それも飲み込んで美空は笑いかけた。
「それって最ッ高じゃん!」
「歌舞伎を彷徨く香具師風情が!」
瘤川教授が右手を挙げると、仕掛け天井が動いた。奈落を思わせる暗がりから、牢に閉じ込められた機械仕掛けのライオンが現れた。
「覇金の技術を尽くした阿僧祇Mk.Ⅲだ!」
飢えた阿僧祇Mk.Ⅲは後ろ脚で立ち上がり、前足を牢に当てた。轟音とともに牢が千切れ飛んだ。勢いよく飛んだ鉄片がカンフーロボを巻き込んだ。
「ライオンが掌底をした……!?」
姫華が目を丸くした。
瘤川教授が哄笑した。
「見たか! 阿僧祇Mk.Ⅲにはプロトカンフーチップが積まれている! 如月姫華、貴様を見て我が頭脳は閃いた! 獣の身体にカンフーチップこそ最強の組み合わせだと!」
瘤川教授の機械頭は、自信ありげに光った。
「ハッ! あんたは自分の作ったカンフーロボも極められずにいる。そんな奴があたしたちに勝てるかよ」
「威勢がいいのも今のうちだけだ……」
鉄の戦士と阿僧祇Mk.Ⅲが姫華たちを囲んだ円を狭めた。
「姫華、アレは持ってきたか」
「モチロン」
姫華は袖からヌンチャクを手のひらに滑り落とした。美空は頷いた。
「仕方ない、やれ」
瘤川教授の命令とともに、覇金の尖兵が襲いかかる。
「合わせろよ。お前がどれだけ強くなったか見せるんだ!」
「はい!」
《行くよ》
姫華は飛んだ。ヌンチャクをかち上げ、拳が届く前に流線型のカンフーロボの頭を砕いた。
「もらった!」
背後に立ったブロック型のカンフーロボが動く。
「師匠ッ!」
姫華は勢いのままヌンチャクを投げる。ヌンチャクは放物線を描き、ブロック型のカンフーロボを飛び越えた。
「良いぞ!」
美空が柄を捕まえた。そのまま、ヌンチャクでブロック型のカンフーロボの頭から両断した。
「姫華!」
美空がヌンチャクをサイドスローで投げた。勢いよくカンフーロボの胴を打ち抜きながら、ヌンチャクは飛んだ。
阿僧祇Mk.Ⅲが吠える。前脚を地につけ、後ろ脚で蹴りを放った。
その真下を姫華はスライディングした。
「ナイス!」
姫華がヌンチャクを掴むのと、阿僧祇Mk.Ⅲの咬撃は同時だった。
ガチィン!
ヌンチャクと姫華の腕ほどある凶悪な牙がぶつかり合った。力比べになれば、姫華に分はない。
だからこそ、速さが勝つのだ。
姫華は後退しながら、ヌンチャクを連打した。阿僧祇Mk.Ⅲの力を打ち消すように速度を出すのは並外れた集中力が要った。
「冷静に、正確さを忘れるなよ!」
美空が姫華を叱咤する。
姫華に恐怖はなかった。目の前に迫り来る脅威を叩きのめすだけだ。
「何をしている! カンフーで叩きのめすのだ!」
瘤川教授が阿僧祇Mk.Ⅲに命じた。しかし、咬撃は止まらない。
《獣の本能には逆らえないんだ》
姫華は気合を込める。
牙にヒビが入った。さらにヌンチャクを打ち続ける。
「お前ならやれる! 行け!」
阿僧祇Mk.Ⅲの咆哮が修練室を揺らした。
牙が砕け散る。姫華がヌンチャクを投げる。
宙でヌンチャクを掴んだ美空は、阿僧祇Mk.Ⅲに振り下ろした。
《あの人、本当にカンフーチップ入れてないの……?》
「師匠は自分の身体の使い方を知ってるんだよ」
瞬く間の闘いだった。床には砕かれたカンフーロボ、舌を垂らした阿僧祇Mk.Ⅲが転がっていた。
美空と姫華は瘤川教授との距離を詰める。
「二人だからって文句は言わないよね?」
瘤川教授に狼狽える様子はなかった。
姫華は拳を握りしめる。
一歩踏み出した時、美空が姫華を突き飛ばした。
重低音が響く。青白いスパークが走り、黒い球体が床を削り取った。
修練室のもう一方の出口にスーツ姿の覇金紅が立っていた。
「二対二のカンフーマッチだ!」
瘤川教授が笑い声を上げた。
「空手と覇金のカンフー、勝つのは決まっているさ」
美空がヌンチャクを構えた。
【続く】