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地雷拳〈ロングバージョン25〉

承前

「カラテチップは私の頭の中にあるのに……!」
 恋一郎が踏み出した。革靴が床を砕く音だけが残り、唐突に目の前に現れた。
 その巨体からは想像もつかない速さだった。
 姫華と恋一郎が掴み合う。
「疑問に答えてやろう! 瘤川の【魔術師】のカンフーチップは対象の記憶を吸い出す……それを奴はカンフーチップの情報に応用した!」
 先ほどの闘いのさなか、瘤川教授の拳を受け、視界がホワイトアウトした瞬間を思い出した。
《……あの時やられたんだ》
 姉の声はいつになく焦りを帯びている。
「如月博士。貴様が送り込んだカラテチップインターン生も十分役に立たせてもらったぞ」
 みしり、と指の骨が軋んだ。姫華は痛みに顔を歪める。
「カンフーチップの回復力ならば些細な怪我だろう」
 指の根本の皮膚が引っ張られるようにして、折れた骨が飛び出した。
「……ネイルがッ、剥がれるだろうが!」
 姫華は啖呵を切り、ガラ空きのまたぐらに前蹴りを放った。
「な……!」
 恋一郎は眉ひとつ動かさなかった。
「人間相手だから効くと思ったか?」
 姫華は首を掴まれた。足が宙を掻く。酸素が体から抜けて頭が沸騰しそうになるのを感じた。
 頭の中でザリザリとノイズ音がした。
「カラテチップの弱点は脳にあること。酸素を止めれば、貴様の力はいとも容易くなくなる」
 姫華の抵抗する力が消えていく。
 恋一郎は姫華の身体を放ると、顔面に後ろ蹴りを放った。衝撃とともに、頭が爆発したような痛みが走る。身体が吹き飛ばされ、思考が途切れ途切れになる。
 圧倒的なフィジカルの違いだった。
「カンフーロボを倒して自分が強くなった気がしただろう。だが、お前は今日、限界を知る」
 恋一郎の声は姫華の背後から聞こえていた。
 驚くべきことに、この男は姫華の吹き飛ばされる地点に先回りしていたのだ。
 姫華は背中に衝撃を受けた。
 さらに先回りしての一撃、一撃。
 気がつくと姫華はカーペットの上に横たわっていた。天井は虫食いに破壊されて鉄筋が覗いていた。
 オフィスの壁は破壊し尽くされ、自分がどこにいるか分からなかった。
 姫華は脳内の姉に呼びかける。ノイズが混じって声は聞こえなかった。
 姫華は立ち上がった。身体が鉛袋のように重たい。手を握り、開くと骨が治っているのが分かった。
「俺は俺を超えていく。その終着こそニンジャチップ。企業も国家も一強の俺が執り行えばよい」
 恋一郎は胡座をかき、笑い声をあげた。足元には生首が並べられていた。
「それは……」
「右から大統領、副大統領……、各国首脳は、お前が眠っている間に仕留めてきた」
「本当に世界を手に入れられるとでも?」
 姫華は踏み出そうとしても、身体がついてこなかった。背骨が軋み、痛みがない場所がなかった。
「あの世で俺の躍進を見ているがいい」
 恋一郎が姫華の目の前に立った。その速さはポモドーロ以上に思えた。
 姫華の構えに応じるように、恋一郎は構えた。
「あたしはまだやれる」
 この一撃で決める。姫華は腰を落とし、拳を固めた。これまでカンフーロボを屠ってきた。
「エェエエイッ!!」
 姫華は拳を解き放つ。恋一郎の胸のニンジャチップへと正拳突きを打ち込んだ。
 みしり。
 骨が砕ける音が響いた。
 姫華の拳が柘榴じみて破壊されていた。
「……ッ!」
 恋一郎の目が黄金に光った。手を扇状に動かすと、千手観音のごとく手刀が現れた。
 恋一郎が息を吐くと、手刀の旋風が姫華を通り抜けた。
 姫華の肩口、膝から血が迸る。両腕と両脚が意図と関係なく崩れていく。
 遅れて切断されたのだと気づいた。
 一瞬の出来事だった。
 姫華が知覚した時には、胴が離れていった。骨が床にぶつかる鈍い音が聞こえた。
「ニンジャチップに敵なし」
 意識が薄れてゆく中、恋一郎の言葉が最後に頭に響いていた。
 瓦礫から這い出した美空が最初に見たのは、残心を取る恋一郎と、血まみれのバラバラ死体だった。
【続く】

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