およそ1092フィートの人質 #パルプアドベントカレンダー2019
【人質】
交渉を有利に進めるため、身柄を拘束すること、拘束された人。
辞書にこう書いたやつは今すぐ考えを改めるべきだ。僕の状況になったら
❇︎タワーも含む
と追記するに決まってる。
何を言ってるのか?タワーを人質に取られたんだよ。
どういうことか?フった女に東京タワーを人質に取られたんだ。
事件は放課後に遡る。僕は部活を終え靴箱を開くと、一通の手紙があった。ラブレターか、はたまた果たし状か?僕のベタでレトロな予想は易々と裏切られてしまった。
手紙には港区の雑居ビルの住所とともに、こう綴られていた。
君がため
東京タワーを
溶かしたる
午後7時あたりに
ぶちかましたるかな
美月
犯行予告だ。短歌だとしたら藤原定家がブチ切れてソバットを撃ちかねない。人によっては腹を抱えて笑うだろう。でも、僕には笑えなかった。手紙の送り主、東条美月はやる女だ。あいつに不可能かは関係ない。やるか、やらないかだ。
ある時遅刻しかけたあいつは、工事現場のロープと拾った草刈り鎌で拵えた即席の鉤縄で教室に登ってきた。またある時は、嫌がらせをしてきた女にすれ違いざまに含針をやったらしい。ジャギかお前は。
結果のためなら手段は問わない、そうして望むものを手に入れてきたのが東条美月だ。
とにかく行かなきゃ確実に東京タワーは溶ける。タワーに思い入れはないが、あいつの思い通りになるのはなんか嫌だ。
気がつけば、僕は駅まで自転車をかっ飛ばしていた。
「はっ....はっ....はっ」屋上に向かう階段を駆けると白い息がもれる。
午後7時までもう少し。とんとん、と一段飛ばしに上っていく。冬の寒さのせいか、広瀬香美の『ゲレンデがとけるほど恋したい』を口ずさんでいた。
僕はあの曲が大好きだ。特にタイトルは、直喩の名文だと思う。恋の熱でゲレンデは溶けない。でも、不可能だからこそ言葉にロマンは宿る。達成してしまえば、おかしみもクソもない。それはただの事実なのだから。この話をすると大抵のやつは笑うが、美月だけは笑わなかった。
とんとん。最上段まで上り終え、屋上に続くドアに手をかける。がちゃり。粉雪が隙間から流れ込んだ。
空にはすでに星が瞬いていた。そして、眼前には堂々たる東京タワーの立ち姿。333mは伊達じゃない。
刺すような冷気が頬を撫ぜ、僕は身震いする。辺りを見回すと、室外機の横で美月が手を振っていた。側にあるのは物々しい機械群だ。
「迷った?」スヌードに埋もれた顔を出して美月が笑う。
「神谷町降りたことなくて。てか何それ。」僕は彼女の傍らを指す。
屋上に横たわる機械は全長にして10m弱。ケーブル類に覆われた姿は筋繊維を思わせる。大きさも相まってまるで巨人の腕だ。
美月は思案するふりをする。
「うーん、サンタかな。」
「は」
「ただのプラズマ砲。冗談通じなさすぎ。」美月が破顔すると巨人の腕に向き直った。
「今度はなんだよ。」
「んー、角度調整。」
そう言いつつ、美月は手ごろな雑誌を床と機械の間に挟んでいた。兵器にしては実家の匂いがする。
「これでよし。もう準備万端」彼女はタブレットを操作すると、ぎいいいん、と機械が唸り始めた。
巨大な拳のような砲門は、明確に東京タワーを捉えている。タワーからおよそ150mのこの屋上からなら確実に直撃、融解する。直感で分かった。
「これ、一人でつくったのか。」
「調べながらね。すごいでしょ。」
「まあ、うん。」
「見て、もう少しで撃てるようになる。」買ったばかりの家電でも説明するみたいに美月は言う。グロい漫画の広告バナーがうろつくタブレットには【発射準備OK!】の字がオレンジに点滅していた。
「ねぇ、まだ付き合わないつもり?」
美月がこちらを見る。目の奥に自信を湛えている。
「ああ」僕は彼女の目を見据えてうなずく。
「そう。ならあたしは間違いなく撃つよ。」
美月は背を向けて歩き出す。
「悪いけど、あたしは一生モノの傷を君につけなきゃダメなの。好きにならないならせめて、僕のせいで撃たせてしまった、って悶えながら終生あたしを想ってもらわないと収まり悪くない?」
相変わらず無茶苦茶だ。東条美月の真骨頂を見せられている。すうっと息を吐く。考えをまとめよう。プラズマ砲の発射を止めるには美月のタブレットが必要だ。そして、砲身は刻一刻とエネルギーを溜めつつある。
タブレットの【発射準備OK!】が赤く点滅したのか「じゃあ溶かすね」と美月は淡々と言う。
それならやる事は一つ。全力でタブレットを奪いにいくだけだ。僕はカバンを美月にぶん投げた。
「……ッ!!」
異変に気付いた美月がカバンを避ける。同時に、僕は距離を詰めタブレットに手をかける。
「これでっ……!」
美月の腕から捥ぐように端末を奪取した。体温の残るタブレットを抱えて、距離を取る。
「バレー部なめんなよ。」荒い息を整える。あまりに簡単だった。あまりに力ずくで東京タワーの命運を救ってしまった。いとも簡単に。美月を相手にしては。そう、美月にしては。
待て、何かがおかしい。違和感がじわり、と広がりヒートテックの下で脇が濡れるのを感じた。
我が意を得たりと美月の顔に笑みが浮かぶ。
「ペアリングしてたのが、タブレットだけだなんて大間違い!君は賭けに負けたの!」彼女はブレザーの袖をまくると、スマートウォッチの【発射準備OK!】が赤に変わった。
しまった。完全に虚を突かれた。距離が開きすぎている。僕の脳内に敗北の2文字が浮かぶ。間に合わない。巨大な砲身は熱を帯び、周囲の空気をぐわぐわと歪ませていた。
「バイバイ。」
美月の指が触れるその刹那だった。
聴き慣れたリズム。何度もリピートしたイントロ。『ゲレンデがとけるほど恋したい』が美月のポケットから鳴り出した。
「……ッ!」美月の意識が数コンマ指から離れる。
周りを囲む白白白。
僕の視界は光に包まれた。
プラズマ砲は発射された。
燐光を発し、轟音を轟かせながら砲門を駆ける青白い光柱。周囲の雪が瞬時に蒸発し、一帯が霧に覆われる。
かすれる視界の中、美月の哄笑が響く。
「ははは、やっちゃった……」彼女の声に涙が混じる。
「これでおしまい……あー楽しかった。でもどうして。なんでこんなに悲しいの!」
美月の嗚咽が夜の闇に消えていく。手に入れたいものは全て手に入れてきた。不可能を踏み倒して生きてきた。今回も同じなはずだ。彼女は自分を襲う虚しさに困惑していた。
嗚咽の向こうに瓦礫からもがく音が混じる。
「ぶはっ、終わりじゃない。よく見ろよ。」僕はひっくり返った体を起こした。
霧が晴れていく。ぼやけた景色は実像を結び、現実に戻る。擦り傷まみれの僕も、涙を零す美月の姿も現れた。
──僕たちの眼前に東京タワーは変わらず立ち続けていた。煌々と赤光を夜空に灯す姿に変わりはない。
「どうして……!」戸惑う美月に顎をしゃくってみせた。屋上の端にはひしゃげた巨人の腕が転がっている。
あの一瞬、意識が逸れたその瞬間に、僕は砲身を横に蹴り飛ばしていた。簡単にずれる軸。おざなりな台座は崩れ、暴走するプラズマ砲は東京タワー脇の虚空を抜けた。
衝撃で壊れた腕時計は、7時半過ぎを指していた。
「やっぱ現実にならないほうがロマンがあるな。」飲み残したゆずれもんを飲みながら美月を見た。美月は柵に顎を乗せながらそっぽを向いている。
「約束、忘れてないでしょ。」
「もちろん。」
「……。」美月の顔が沈む。
「大嫌いでも」僕は息をつぐ。「友達にはなれる。」
美月の目は大きく見開かれ、また潤んだ。
「大嫌いでもさ、明日は一緒にいてもいい?」
僕はうなずく。
「東京タワーでも上ろう。」
2つに割れた月が僕と美月を照らしている。
いつかゲレンデがとけてもいいかもしれない、と今だけは思う。
【おしまい】
あとがき
こんにちは。電楽サロンと申します。
桃之字さん主催「パルプアドベントカレンダー2019」の12月23日担当で書かせていただきました。緊張した……ふー!
Twitterを眺めていたら、桃之字=サンがちょうど参加者を募っていてこれはやるしかない......!と手を挙げた次第です。周りを見回したらパルプ筋(すごいパルプを書くすごいちから)の盛り上がった偉丈夫達に囲まれてたのはびびりましたけどね......。元来、イベントに参加する人をみて自分も盛り上がった気持ちになる影人間だったので、参加してホントよかったなあ。桃之字=サンありがとうございます。
『およそ1092フィートの人質』のあとがきも少し。
書く際に23日は何の記念日あるのかなあと調べてたら、なんと東京タワーの竣工の日とAK-47の設計者、ミハイル・カラシニコフの命日でした。どっちも題材にしたら面白そうだ。でも、今回は馴染みもあるしクリスマスっぽい東京タワーを題材に考えようと思いました。次があるならAKサンタかな.......。
それに東京タワー、倒してみたくないですか?それに冬と言えば広瀬香美。これだ、もう溶かすしかあるまい。連想ゲームが行きついた先がこのお話でした。最後に月も割ってみたいので割ってしまいました。シンフォギアの見すぎよあなた。
よし!!書けたぞ!むふー!と思ったら、他の参加者の方々がサンタでゴリッゴリッの話を書いていたので、若干及び腰になっていますけどね。
アドベントカレンダーはクリスマスまでを数えるやつ......覚えました。
ついにクリスマスまで残すところ2日!飛び入り参加も始まり、後に控えるパルプも二つとなりました。一体どんな話が待ち受けているのでしょう......ドキドキ!私はこたつで少しづつ読み進めていこうと思います。
では、また。
あしたのクリスマスイブはニイノミ@attolyreさんの投稿です!お楽しみに!