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ブガルー浄土

「踊念仏に足りないのはファンクだ」
ホームステイ初日。ジムは出しぬけに言った。
我が家は時宗の寺院を仕切るかたわら、留学生を受け入れている。そして、来てもらった記念に踊念仏を見学できるのがステイ先に選ばれる理由だった。
踊念仏とは、「南無阿弥陀仏」と唱えながら、一心に踊りまくるアレだ。日本史で耳にしてるはず。
日本に来て、宗教文化も吸収できる。これがウケないわけがない。

それが今、覆されようとしている。

「ファンクだ」ジムは繰り返す。

そもそも、踊念仏にファンクが足りないのは当たり前だ。鉦と太鼓でやる念仏に、ブラックミュージックの精神が宿っていたら和魂洋才レベルの話ではない。というかソバをケチャップですするぐらい食い合わせが悪い。一遍上人が泣くぞ。
「なに言ってんだ?」
俺はなるべく穏便に話そうとしたが無理だった。
「ケン、俺は踊念仏に感動してるんだ。ダンスでブッダに近づこうなんて、最高にドープな発想......。どうして今まで思いつかなかったんだ。
だが……、もっとドープにやれる。」
俺の前にいる黒人は、悪びれる様子などなく、本心から言っているらしい。
「ドープって?」
「最高にイカす、だよ。スネアを効かせて、ブガルーショーケースにすれば、浄土はタコス屋より近くなるぜ。」

ブガルー?ショーケース?知らない単語が飛び交う。
異文化交流に慣れたつもりだったが、どうやらダメらしい。

「ケン、俺に踊念仏をマッシュアップさせてくれ。それが俺が来た理由かもしれない。」
「勉強しろ」
「いいんでねぇの」
いつから聞いてたのか、住職の親父は汗を拭きながら言ってのけた。
「念仏を唱えれば踊りの形式は決まっちゃねぇんだし」
寺のトップが言いはじめたら何も返す言葉がない。世も末である。
「せっかくなら面白くしとくんなよ」
親父はニカッと笑うと、その場を後にした。
数えきれないほどやってきた念仏にマンネリを感じていたのだろうか、それとも気まぐれなのか。
親父の背中を見送る俺に、ジムは親指を立てていた。
こうして俺とジムの時宗ドープ化計画──通称「ブガルー浄土」──は始まった。

「ブガルーってなんだよ」
次の日。縁側で俺は訊いた。
差し出された麦茶を飲みつつ、ジムがiPhoneを渡してきた。液晶には動画が映し出され、ステージ上でキャップを被った男が踊っている。
「韓国のダンスキャンプに出た俺だ。」
音楽に合わせ、ジムの指先から通った波が胸、腰、足に流れていく。ビートが体から生まれ、ジムが膝や腰を回転させるたびに遠心力でグルーブ感が振りまかれていく。歓声が沸いた。
要は、ブガルーとは関節の回転や、筋肉を弾くことでリズムをとるダンスらしい。長身痩躯のジムから繰り出される技は、荒々しくも魅力的だった。
「なるほど。大体どんなものか分かった。」
俺は空を仰ぐ。頭を冷やそう。
あっ、飛行機雲が消えていく……。
「できるか!阿保!」
俺が投げ返したiPhoneを、ジムは容易くキャッチした。
「世界で最高のダンサーがお前の目の前にいるんだぞ。オマケに4週間もある。基礎が固まるまで3週間。振り付けは踊念仏のステップを使って3日間。あとは練習に回して浄土だ。」
こいつが麦茶を持つと、ウィスキーにしか見えない。グラスを傾けたジムの顔は笑っていなかった。この男、あくまでマジなのだ。
俺はついて行くしかなさそうだ。
「明日、時宗のみんなを呼んでくれ。」
麦茶の氷がからん、と音を立てた。

練習が始まった。
朝から公民館には、俺とジム、親父と踊念仏のメンバーが揃っていた。
まずはリズム練習。8ビートが取れるようにするのが目標だった。
俺は親父以外ぜったい来ないと思っていた。もしくは、二日目には来なくなるだろうと。
だが、予想は大きく外れ。平均年齢80歳の超高齢化社会の煮凝りダンスクルー達は、飽きることなく、むしろ生娘のはしゃぎようで練習に臨んでいた。まだ日本も持つかもしれない。
練習は昼食のあと、午後までつづいた。
そしてあっという間に1週間が過ぎていく。

「どうも上手くいかねえ」

午前練習のあと、親父が独りごちた。法衣を脱ぎ、タオルを首に巻いたTシャツ姿が様になりつつある。
「こう、なんていうかなぁ。普段感じねぇソワソワがあるんだよな」
「あるわよね」
「アタシも思ってたトコよ」
「それ私も言おうと思ってたわ!」
連日、練習を重ねても中々上達せず、うっすらと重い空気がメンバー内に流れはじめていた。
「ダウンやアップは取るには取れんだ。でもどっかでテンポが狂ってきちまう。なんでだろうな?」
「膝が弱ってんじゃねぇの」
「アホタレ。んなわけあるか。大体俺ゃジムに聞いてんだよ」
「そうわよね」
「アタシも思ってたトコよ」
「それ私も言おうと思ってたわ!」
「あんたらそればっかじゃないですか」
また俺たちがガヤガヤしてると、ジムは両手をぱんと打ち鳴らし、俺たちの視線を集めた。
「鉦を持って寺に集合だ。」

俺たちは顔を見合わせた。

西の空は焼け、ひぐらしが鳴きはじめている。
境内に吹く涼風は、公民館のこもった空気とは別格だ。

「おおっ!ジム!出来る!永遠にできるぜ!」

親父の驚きに満ちた声は、野山を超えて向こうの町まで聞こえそうだ。

「すごいわよ!」
「アタシも思ってたトコよ」
「それ私も言おうと思ってたわ!」

メンバーのみんなにも笑顔が戻ってきていた。
ジムが提案したのは、鉦を鳴らしながら練習することだけだった。
それがここまで効果をもたらすとは。
踊念仏で使いつづけた鉦が知らぬ間に、メトロノーム代わりになっていたのをジムは看破したのだ。
つまりは、「ソワソワ」の原因は長年の踊念仏の積み重ねから来ていたのだ。

「鉦があればどこまでもいけるぜ!あと5時間!」
「いけるわよ!」
「アタシも思ってたトコよ」
「それ私も言おうと思ってたわ~!」

小柄な親父のどこにそんな力が残っていたのか。踊りのキレはむしろ上がってきている。それにメンバーのみんなも呼応した。

「浄土は近いぜ!」

ジムが発破をかけると、おー!と声が上がった。なぜ、そこまでして踊念仏にこだわり続けるのか。俺にはわからない。
月明かりの夜に鉦と陽気なファンクが流れていた。  

鉦を手にした時宗ダンスクルーに敵はない。ブガルーの基礎を圧倒的なスピードで覚え、関節の衰えも露知らず。完璧な老人ダンサーの精鋭が生まれていた。
ジムのホームステイは折り返しに差し掛かり、寺は「ブガルー浄土」に沸いた。

連日、寺からビートが刻まれてたので参加者も増えた。
噂が噂を呼び、朝練に一人また一人と来て、練習は敷地の広い境内へと移った。

「まずはフレズノから。5...6...7...8...」
ジムのカウントに合わせ、俺たちは肩幅に足を開いた姿勢から、重心を片側にずらし片腕を前方に出す。ちょうど、おいでおいでをしてるような形だ。
ブガルーをやるやつはフレズノを初めに習う、はジム談だ。
俺たちはフレズノをする。ビートに合わせて筋肉を弾く(ヒットと言うらしい)。境内の玉砂利が音を立てる。老いも若きも一心に。浄土に向かって。
練習のさなか。俺は、今朝の会話を思い出していた。

「だいぶサマになってきたぜ、ケン。」
「ありがとう。なんだかんだ教え方が上手いからな......。ところでジム。なんでそんなガチになれるんだよ」
「わからない」
「エッ」
「でも、なんとなく俺がやんなきゃダメなことってのは分かるんだよ。」
「天啓ってヤツ?」
「もしかしたら、マジでブッダが降ってくるかもだぜ。」

まさかな。と言い切れない自分がいた。この短期間で時宗のみんなはおろか、町の人までブガルーに熱を上げはじめている。水の入ったコップを倒したら水が広がるみたいに。最初から決まっているようなテンポのよさだ。
脳内に孫悟空と仏の一説が思い浮かんだ。

「はじめから決まってたのかもな......。」

俺は考えに耽っている間にも練習は続き、町内を巻き込んだビッグダンスクルーは練度をめきめきと伸ばしていった。


そして当日。午後7時。太陽が落ち始めて薄暗くなった時間。
境内には巨大な踊念仏用セットが組まれていた。
中央には櫓。それを和太鼓が囲む。
そして、町内のスピーカーというスピーカーを周りに設置。ファンクが街のどこからでも聞こえるようにするためだ。

「オーライ!みんな!今日はたのしもうぜ!」

櫓からジムが発破をかけると、集まった町内のみんなが湧く!
いつからうちの寺が、フェス会場になったのかと思うほどの賑わいだ。

「ブガルー浄土始まるぜ!!!」

何が一体起こるのだろうか。

俺の考えをよそに、Bluetooth経由でジムのiPhoneから曲が流れる。
街をパーラメントが包む!

パーラメントのイントロに鉦の音、和太鼓が加わって独自のグルーブが織りなされていく。こうなりゃヤケだ。
櫓を囲むように輪になった俺たちは踊りつづけた。親父も、時宗のみんなも。親父に至っては猛練習の末、腰と胸を回転させながら本家のブガルーダンサー顔負けのムーブをかましていた。
でも櫓のジムはどうだろう。大胆な動きでも決して崩れない。リズムの取り方、経験もあるのだろうけど、スネアやシンセの音が体から振りまかれてるみたいだ。始めて間もない俺から見ても分かる。ジムはやっぱ別格だ。
負けてられない。いつの間にか俺はそんな風に思ってた。俺も負けじとビートに合わせてヒットを打つ。フレズノをやる。
みんなも合わせてフレズノ。だんだんと動きは一体となっていく。
俺の気持ちは、楽しいに変わっていた。
みんなで踊る心地よさ。俺にとってはじめての感覚だ。
それは酔いのような浮遊感。
ジム、これってもしかして最高にドープなんじゃないのか。
そう思った時だ。
ふと空を見上げると、空が明るくなっていた。
時計はまだ21時。夜中なのに空は青く澄み渡っている。だが、太陽はない。

「ありゃなんだぁ!?」

町の布団屋の指す山瑞に輝く人影。それは瞬く間に数を増す。気が付くとぐるっと一周、輝く人影が輪をなしていた。

「踊りてぇのは俺たちだけじゃなかったのかぁ......。」

親父が一人笑う。すると、輝く輪の上空。雲を突き破り現れたのは太陽、ではなかった。
それは一枚につきグラウンドほどもある鏡に覆われていた。
ミラーボールが空から降りてきたのだ......。
(おわり)


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