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貌霊7 《スペクターセブン》

 身体に「讐」と刻んで死んだ人間は七人いる。私の父、市川礼讃もその一人だ。
 父の死に様は酷かった。台所で粘土の銃を片手に果物ナイフで切腹していた。
「なぜでしょうか」
 二人きりの研究室で私は質問した。
 本に埋もれて先生はメタルヒーロー図鑑を読んでいる。文化人類学専攻で世界の仮面に精通していた。
「父は陶芸家で気性の荒い人でしたが、死ぬような人じゃありません」
 どす黒い死顔が蘇り、私は唇を噛んだ。
「……ニャオペ」
 先生が呟く。
「え?」
「南アフリカの麻薬だよ。ヘロインにHIV治療薬と殺鼠剤を混ぜる」
 先生は私に紙袋を渡した。開けると空の注射器が詰まっており、一本は中身がまだ残っていた。その赤さに私はぎょっとした。
「ニャオペは全身が痛む。切り裂きたくなるほどにね」
「この袋」
「やると凄いよ。打ったら血管が」
「鞍馬教授」
 私はわざと嫌がる呼び方をした。先生が眼鏡を直す。
「今朝届いたんだ。遥さん、どうして治療薬を混ぜると思う?」
 沈黙のなか先生は続けた。
「まじないさ。彼らは薬に信仰を抱いている。でも、最近はそんなもの混ぜないらしい」
「……話が見えません」
 先生は切り抜き記事を見せた。
「大英博物館からはテスカトリポカの仮面、アメリカンギャングスター博物館からはジョン・デリンジャーのデスマスクが消えている」
 先生の言葉に私は困惑した。しばらくしてある考えが浮かんだ。
「ニャオペに仮面を混ぜていると?」
「市川礼讃は粘土の銃を持っていた。ジョンの愛銃は38スーパーのコルトだよ」
「もういいです」
 私は落ち着きたくて研究室を出た。
 夏の青空が眩しかった。大学近くの川沿いを歩いていると電話が鳴った。
「遥ぁ。俺だ」
 破裂音の向こうで父の声がした。
「……なんで」
「いま友達と兵隊さんのとこに来てる。空を見てな」
 笑い声とともに爆発音が聞こえた。遠くの街を見やる。白い雲が湧き立ち、炎をあげながら何かが打ち上がった。
 あれは、スペースシャトルだ。

【続く】

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