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BOBCUT〈5〉

〈illustrated by おばあちゃん5歳〉

承前

「いだだだ」
「ねぇ、ねえってば!」
「……。」
「あだだだだ」
「だっ、チエ!なんとか言ってよ!」
「でででで」
「はなせッコラ…!力ッ強!」
「……。」
 放課後。チエは人気の無くなった廊下を進み、散歩を嫌がる犬みたいなユキとなすがままのカナを引っ張っていた。
「いい加減に……わっ」
 突然手を離されたせいで、カナとユキがつんのめった。
「だぁー!暑苦しい!」
「しーっ!」
 空き教室の扉から神経質に閉じると、チエは2人に向き直った。
「ここまでするからには、ちゃんと理由があるんでしょうね」
「実は、その、見てほしいものがあって…」
 そう言って、チエはワイシャツの裾から一冊の本を取り出した。通りで一日腹に鉄板を仕込んでる様子だったわけだ。
 表紙には黄緑のゴシックで「春のイチオシコーデ」と宣伝され、笑いあう女性二人が載っている。いわゆるファッション雑誌だ。
「げぇ……。」
 ユキは眼鏡越しに目を丸くし、絶句した。飄然としていたカナはいつにも増して口角が上がっている。
 この雑誌を見るに不釣り合いな両リアクションには理由があった。
 誌面にはウェーブがかったセミロングの女性とベリーショートの二人が写っていた。どちらもK区では矯正の対象となる髪型だ。もちろん、所持している場を抑えられれば、よくて退学、悪くて"センター"への研修は免れない。
「"持ち込み"じゃんね。初めて見たよ」
「学校来る前に渡されちゃって」
「変態。捨ててきな」
「やだ。てかそれ髪文字さんの前でも言えんの」
「うざ」
「せっかくだし見てみんじゃん。お、これ見てみ」
 早速ページをめくっているカナが見つけたのは、「オシャレ女子のヘアアレンジ特集」だった。
「うぇ。こんな髪でよく外出られるな……」
「でも、この人とかカワイくない?」
「お団子?面白くていいじゃん」
「面白ければ、なんでもいいわけじゃないでしょうが。こなれ感ってなんなの」
「いいじゃんこなれ感。響きがカワイイ。」
「なんでもカワイイわけ?」
「そうだよ」
「ならしょうがない」
「あっ、ねぇねぇ」
 話の流れに関係なく話題を変えられるのはチエの得意技だ。チエはページの端に写る金髪のボブカットの女性を指した。
「これって奪徳さまと同じ髪色だよね」
 その時だった。突然扉が開くと、髪文字が駆け込んできた。
「髪文字さん!この前は」
「隠せッ!」
 髪文字が鋭く言い放った。有無を言わさぬ雰囲気に押され、慌てて裾にしまいなおすチエをカナ達は教室の隅まで引きずった。髪文字の鬼気迫る表情と、刻一刻と近づく禍々しい気配から一歩でも離れるためだった。
 空気が湿り、粘り気のある別のものに変化していくようだった。女子高生三人にそれがまだ殺気と判断するには足りなかった。チエは髪文字を見る。その顔に油断はなく、扉の向こうを透かすように見つめていた。
「来るぞ」
 上履きのゴム底がギュッと音を立てると、扉は竹を割るように両断されていた。その向こうには、刀を持った男が残心をとっていた。
「見つけたよオ」
 ぎこちない笑顔にはおびただしい量の包帯が張り付いている。隙間から見える口からは前歯が無くなっており発音を不明瞭にさせていた。もはや怪人と呼ぶほかなかった。しかし、チエには見覚えのある人物に映っていた。
「吉田……!」
「あの生徒指導のか!」
「どうなってるの」
 吉田はチエたちの言葉が聞こえてるのか、愉快そうに体を揺すっている。
「オレさあ、ずーっとマジメに教師やってきたわけよ。剣道部の顧問もやってるし。そりゃ生徒ぶん殴ったりはしたけどさア……こんな仕打ちないでしょうよ!生徒も他の教師も見てる前で鼻折られてメンツ丸潰れじゃんよオ!オレなんか悪いことしましたかね!」
「貴方が奪徳の手先だから」
「クソ生徒ォーーッ!」
 そう言うなり吉田は髪文字に斬りかかった。白刃が机を、床を斬りつけていく。出鱈目な太刀筋だが、それ故に迂闊に蹴り技を出すことはかなわない。
「危ない!」
 既に髪文字は、教室の窓際まで追い込まれていた。後退は出来ず、されど前に出れば刀の餌食に。
「その髪削いだラァーーッ!!」
 吉田が頭めがけ横薙ぎに刀を振るう。だが、その切っ先が肉を捉えることはなかった。
 髪文字は飛んだ。頭より上に。天井スレスレまで身体を浮かせ、水平に捻ると両足を吉田の前に構えた。
「──秘修羅・十文脚!!」
 ゼロ距離で放たれる蹴りが、ガラ空きの吉田の顔面を穿つ。吉田は一度体が跳ねると、廊下の壁でようやく止まった。
「交通事故じゃん」
「死んだよね」
「たぶん……」
 髪文字はチエ達を一瞥すると、教室を出ようとした。
 まただ。また話せないままに行ってしまう。チエは髪文字の腕を掴んでいた。
「……なに」
「あのさ、その、髪文字さんって外から来たんでしょ。」
 チエは雑誌をめくると、金髪のボブカットを指さした。
「奪徳さまは落雷で髪が金になったって言ってた。でも、ここに載ってる人も金色になってる。ねぇ、奪徳さまの言葉って本当は嘘なんじゃないの」
「チエ!」
「さあ」
 出ていこうとする髪文字の背中にカナが声をかける。
「あんたさ、K区潰すんでしょ。分からんけど一人でそんなこと続けてくわけ。講堂で見たと思うけどさ、奪徳サマも衛兵もバチボコに強いわけよ。つまりチエが言いたいのは、あんた一人よりここにいる三人が加わった方が万事うまくいくじゃん、ってこと。」
「私たちは奪徳さまを問いただせて、髪文字さんは私たちを守る、プラス気に入らなければK区も潰せる!」
「私オッケー出してないけど」
「ユキ!後でアイス奢るしいいでしょ!」
 髪文字は三人の熱量に苦笑した。
「あんた達ヘンだな」
「髪文字さんに比べたらマシだよ」
「それより奪徳さまのとこってどうやって行くのさ」
「アレに訊けばいいんじゃない」
 髪文字が顎で示したのは廊下に転がる吉田だった。
(続く)



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