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Avoidead blues

「死なないための方法か。簡単には教えらんないね。」
ラーメン屋の脂臭いカウンター席の端に、"家具屋"はいた。
余命半年を宣告されたのは先週の月曜。それから死にものぐるいで生きる方法を探し出した。だが、見つかるのはその場しのぎの延命措置ばかり。絶望しかけた俺がようやく見つけたのは「死なない方法」を見つけた男の話だった。
老婆の箪笥の裏に放置してあるようなつなぎに、象ほど細い目。右目は去年義眼にした。糖尿病らしい。目の前の蜘蛛の糸は、果てしなく掃き溜めのクズにしか見えなかった。
「頼む。」
"家具屋"は俺と目を合わせることなくしょぼくれたメンマを食む。
仕方ない、色をつけてやるか……。
「大将、餃子3枚」
「7枚追加ね」
"家具屋"はすかさず、注文を追加した。
「どこまでも傲慢なヤツって思ったろ?」
「ああ」
「一つはそれだよ。」
「あー……つまり?」
「相手のことを慮るのさ。どうしたら君は僕にイメージを持つか。それが操作できれば、君が医者になるも、僧侶になるも僕の思い通りだ」
「セミナーを受けに来たわけじゃない」
とんだ時間潰しだ。望んでいた話ではなかった。
俺の目の前では、餃子はみるみる消えていく。彼の餃子の食い方は寿司と同じだった。
俺が身支度をしかけた時。彼は油で光る指でチョイチョイとつついた。
「ホラ、あれをごらん」
"家具屋"が入り口を指すと、女がいた。車道を見てキョロキョロしている。
「サン、ニイ、イチ」
めきっ。
遅れてクラクションが聞こえた。
計ったように女は車道に飛び出し、ダンプカーが轢いたのだ。
骨が折れる音を響かせて首が曲がった女の最期。
麺を啜る音が場違いに感じた。
「あれ、もしかして……お前」
「うん、そう。こないだ依頼されたから。大将、替え玉……あーあ行っちゃった。」
"家具屋"はサラリーマンが残していった炒飯を自分の元に引き寄せていた。
「食ってる場合かよ」
車道に轢かれた女が立っていた。壊れた首関節を右手で支えながらヨタヨタ……。女の目は何かを探している。
右を向き、左を向き、しきりに各方向を見渡す。

あっ

目があった。
赤く充血した目が俺を離さない。
「ほほほほほほほほ!!」
俺の内臓は鉛みたいに重くなった。
女が、自分の首を捥いで小脇に抱えたからだ。抱えた首が笑っている。
首無し女は全速力でかける。
入店音が鳴る。
油染みのひどい床を物ともせず、飛び上がる。
女の体はひょうと持ち上がる。着地点は、カウンター席。
脇に抱えた顔が、歯を鳴らす。俺の首を食いちぎり、鮮血がメニュー札に飛び散る。
実際にそうはならなかった。
「死なない方法の2つ目。腕っぷし」
"家具屋"の中華包丁が、女の体を両断した。
ここまで5秒足らずの出来事だった。
"家具屋"は、女を細切れにしはじめる。関節に合わせて刃をいれていく。女の体を持ち上げると傷口から特大の胡桃がこぼれた。
「腹の中から脳が……」
「違うよ。これは脳じゃない。精巧にできているが……"時計屋"の仕業だろう。参ったなぁ。」
「あんた以外にも"避死"がいるのか」
「何人もね。」
「死なない方法も無限に聞き出せるじゃないか」
「無理だよ」
キッパリと"家具屋"は言う。すでに女はパーツに分けられてゴミ袋に入れられていた。
「君は"時計屋"の興味を引いた。それに僕も」
ふと店の周りの足音に気づいた。
ひたひたと気づかれないようにする時の足の運び。殺気が囲む。
「君は"避死"になりたいのかい」
「ああ。」
「だったら外の空気でも吸おう」
俺と"家具屋"は厨房で見繕った包丁をさげ、道に出た。
外はいつの間にか暗い。
先ほどの恐慌とかわって辺りはシンとしている。
誰もいないじゃないか。
ごそごそ……。
聞き慣れない音に俺は振り返る。
ごそごそごそ……
店の壁には女が犇いていた。排気口から腕が生えている。窓に髪が張りついている。樹液に群がる虫よろしく同じ顔が店を覆っている。
ごそごそごそごそ……ぎょろっ
顔が一斉にこちらに向いた。
一人が飛ぶ、また一人が飛ぶ。女たちはテレビで見るバッタの大群に似ていた。
俺は気圧されるばかりで、車の影を見つけてやり過ごそうとした。だが女たちはそうは行かない。狂ったように駆け回る一体が俺に牙を向ける。
"家具屋"は……。必死に女の頭を抑えながら、ボンネットの向こうを見やる。
彼岸花のように赤い脚、腕が積み重なり、尽く女を切っていた。中華包丁にある斬れ味全てを使い切るかのごとき切断は圧倒的だった。
相手を慮る……。"家具屋"の言葉を思い出した。俺の事情はもう知っていたのかもしれない。その上で俺を巻き込んだのか。俺が起こす行動を読んで。
女の顎が太腿に到達しそうになった。
俺は、包丁を振り下ろした。
10分後。
道は女たちの死骸で埋め尽くされていた。
俺が歩けば指や目玉がごろごろ。
サイコロミンチ工場があればこんな感じなのだろう。"家具屋"は目に入りそうな血を拭っているが、全身血だるまなのであまり意味がなさそうだ。
「"時計屋"はどこに」
「逃げたね。君、こんなことばっかりだよ。"避死"になると。」
「"避死"にはなれないんだろう……。でも、頭をかち割るのは楽しかった。」
「余生の過ごし方として最悪だよ君」
へ、へ、へと独特な笑い方をすると、"家具屋"は店に戻ろうとしている。
「中にもまだいるのか」
「いや、まだエビチリが残ってたから。君も食べるかい。」
「いるわけないでしょ」
(おわり)

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