見出し画像

サイ売り #パルプアドベントカレンダー2020

 あらら、プレゼント探し?ごめんなさい。この箱は売りものじゃないの。おばあちゃんの貰いものなのよ。
 おばあちゃんはね、いつも寝る前にお話を聞かせてくれるの。おばあちゃんのおばあちゃんが教えてくれたお話とか、外国に行ったお話とか……。
 とくにね、小学生のときに見た不思議なお店のお話があたし大好きなの。
 ええ、そこへお掛けになって。
 豆腐屋さんが、らっぱを吹きはじめた夕方。おばあちゃんとミチちゃんが石をけりながら帰ってた。
「はーっ。また手袋なくしちゃった」
「どうせまた家にあるよ。さとちゃん」
「あっ!見て!」
 石がころころ。止まった先にはおじさんが座ってたの。
 おじさんは青い絨毯に、おもちゃ箱をひっくり返したみたいにどっさり鍵を置いてる。のぼり旗には「サイみられめす」って書いてあった。怖いわよね。
 昨日までは道にこんなお店無かったのに。おばあちゃんも友だちも怪しいな、と思った。そしたら、おじさんがおばあちゃんたちを見てニカって笑ったの。
 あれ?もしかしてふつうの人?って思った途端。おじさんは指をつっこんで左の目玉を見せてきたの!
「「ギャー!」」おばあちゃんと友だちは一目散に逃げた。後から考えたら、おじさんの目はガラス玉だったのね。
 次の日、学校で男の子たちが噂してた。
「はずれたよ」「5本やってもダメだ」「見てみてえな」そう言うみんなの手には鍵が握られてる。
 赤い鍵に黄色い鍵、茶色い鍵を手に持ってた。おばあちゃんがお店で見たものばかりだ。
 男の子たちが言うには、山盛りの鍵から一本選んで箱の鍵穴に合えばサイが見られるんだって。
 今は、サイは動物園で見られるわよね。でも、昔は本の中の生き物だったの。おばあちゃんも、白黒の絵でしか見たことがなかった。
 目は何色かな。肌は硬いのかな。柔らかいのかな。おばあちゃんの頭はサイでいっぱい。
 でも、すぐに想像のサイたちをかき分けておじさんがやってきた。片目の薄笑いに背筋が寒くなる。おばあちゃんは考えるのをよして、いつもと違う帰り道を歩いた。
 しばらくして、四つ辻で女の子に出くわしたの。手には白い鍵があった。
「ミチちゃん!」
「ごめん、さとちゃん。どうしてもサイが見たくって……。」
 ミチちゃんの手をとり、おばあちゃんは走った。早くしないと、早くしないとサイが見られなくなっちゃう!
 お店に着くと、おじさんは旗をしまう途中だった。
「残念、もうおしまい」
 言葉とうらはらに口がにやけてるおじさん。目が鈍い光を帯びている。おばあちゃんは肩を落とした。せっかくサイが見られたかもしれないのに。おじさんは鼻歌まじりに店じまいを続ける。聞いたことのない歌を外れた音で聞かされて、おばあちゃんはとっても頭にきた。
「うそよ。本当はまだ残ってるんでしょう」
 そしたら、おじさんはつんつん、と足元を指した。
 はじめは大きなウニかと思った。数えきれないほど鍵がささって箱が口を開けていた。豪華な外装とうってかわり、中身は炭を塗ったように真っ黒だ。吸い込まれそうになる感覚は井戸の底を思い出す。あいかわらず鼻歌がうるさい。
「あれ、おじさん歌ってない......。」
 調子はずれな歌は、箱からしていたの。
 何か悪いものでもいたのかしら。おじさんはサイをえさに何かしようとしてたんじゃないかしら。おばあちゃんは横を見る。ミチちゃんの唇が血でにじんでいた。

 次の日。10人も学校を休んじゃった。
 先生たちは流行感冒だって大騒ぎよ。でもね、本当は病気が理由じゃないの。ミチちゃんも休んでたから。休んだのはみんな鍵を買った子たちだったの。
 おばあちゃんはお見舞いに行った。扉を開けたミチちゃんは、目がらんらんと光っていた。
「ミチちゃん、大丈夫?」
「そんなこといいの」腕をぐっと引き寄せてきた。おばあちゃんの鼻とミチちゃんの鼻がぶつかりそうになる。
「今夜、2時にみんなで長谷部くんのうちに行くの。さとちゃんもどう?」
 長谷部くんは、10人のうちの一人ね。
「ど、どうして?」
「決まってるでしょ。サイを見るの」
 それだけ言うと、ミチちゃんは鍵を閉めた。

 真夜中の町はダム底みたいな静けさだった。おばあちゃんは寝巻のまま家を抜け出してきた。白い息を吐きながら、手を温める。手袋は探しても見つからなかった。
 茶色くて低い屋根の家が並ぶなかに、長谷部くんのおうちはあった。立派な塀にかこまれて、赤い屋根の大きなお屋敷はとっても目立ってた。
「やあ、ミチちゃんから話は聞いてるよ」
 長谷部くんが門の横の小さな入り口から、招きいれた。
 蔵の前には、もうみんな集まっていた。一人がこちらに駆けてくる。ミチちゃんだ。
「さとちゃん、きっと来てくれると思ったわ」
「私、なんだかこわい」
「さあみんな。よく集まってくれたね。こちらだよ」
 みんなが色めきたった。ランプをもった長谷部くんが先頭で蔵の中に進んだ。
 蔵のなかは、おばあちゃんの背たけくらいの古い農具がひしめいていた。その間を縫うように歩くと、生臭くて温かい空気が足元をさらったの。おばあちゃんが前をのぞく。長谷部くんのランプが石段を照らしていた。光は頼りなくて、段差から地下に続くとわかるのがやっとだった。おばあちゃんは暗い中、壁を支えに降りるしかなかった。
「きゃっ!」
「ただの苔よ」
「はは。さとちゃんは怖がりだなぁ」
「みんなが慣れすぎなのよ」
「一度来たら忘れられなくなってしまうからなぁ」
 男の子の一人がそう言ったの。おばあちゃんはなんだか言い方に不思議な感覚を覚えた。たかだか一回きりで、こんな階段を手すりもなしに降りられるようになるの?
「さあ、ついたよ」
 どのくらい降りただろう。月の光も届かない本当のくらやみ。鼻を摘まれても分からないわ。知ってる?暗いと音ってよく聞こえるの。
 想像してみて。人の息づかいとも犬とも違う、もっと荒い呼吸だけが反響しているの。ほら、聞こえてきた。

 ふーっふーっふーっ

 発酵したような臭いの風が頬をなでる。獣の息吹だ。おばあちゃんは見るのが怖かった。長谷部くんはなんともなしに風上を照らす。
 おりの中に、それはいた。肌は丸めて広げた和紙のよう。岩をはめ込んだような大きな角が前につきでている。黒い目はじっとおばあちゃんたちを見つめていた。
 はじめて見る生き物におばあちゃんの胸は高鳴った。
「これが本物の……」
「はやく!あれやりましょうよ」ミチちゃんが言う。
「ぼくも見たいよ長谷部くん」
「はじめよう!」「はじめよう!」
 急にどうしちゃったの。ミチちゃんとみんなの盛り上がりにおばあちゃんは戸惑った。
「ようし。始めようか」
 長谷部くんの言葉に拍手が起こる。
「昨日は広田くんで止まったから、次は私ね」
 そう言うと、ミチちゃんは腕をまくる。男の子たちは、おりの端にあった壺をミチちゃんの前に置いたの。
「いくね……」
 声をうわずらせ、ミチちゃんの白い腕は壺の中に沈んでいく。おばあちゃんは見てるしかなかった。
 ミチちゃんが腕を抜くと、白い砂粒がたくさんついていた。
「塩だよ」と長谷部くん。
「さとちゃん、見てて」
 ミチちゃんが腕をおりの中に入れた。
「危ない!」
 止めようとするおばあちゃんの腕を、長谷部くんが掴む。
 サイは耳をぴくっと動かし、のそりのそりと歩みよる。ミチちゃんは誘うように手招きする。近くで見るとサイのシワがいっそう引き立った。目を囲む溝に垢がこびりついている。生臭さで嗅覚がなくなってしまいそう。
 角と鼻の間のぶよついた肉がミチちゃんの人差し指に触れる。サイはしばらく鼻をひくつかせ、息を吹きかけたり、舌を出したりを繰り返す。
 ミチちゃんの腕を、丁寧に調べあげる。それから、咥えた。
 人差し指を、手首を、肘を徐々に口に含んでいく。
 念入りに舐め上げられているのか。ミチちゃんは内腿をよじり、空気を吐き出すのがもったいないように息が漏れた。
 室内は、粘膜の擦れる音とミチちゃんの甘い吐息が満たしていた。
 周りのみんなは、そう。いつかミチちゃんが見せたように目がらんらんと光っていたの。彼女の悶える姿に目の色を変えてるわけじゃない。みんな自分の番が来るのを想像してるみたいなの。その証拠に、みんなはミチちゃんの息遣いをまねて追体験しているようだった。
 おばあちゃんの目に映るのは誰でもなかった。学校で見る男の子たちのふざけ合う姿も、ミチちゃんと食べた給食も全部遠かった。
 おばあちゃんは、気づいちゃったの。もう自分は、このサイみたいに閉じ込められてしまった。もう普通は戻ってこないんだってね。
 おばあちゃんは走った。自分が塩漬けの腕をサイに舐め回される誘惑を振り切って。ああ、どんなに気持ちだったのかな。だめだめ。苔に足を滑らせながら、一段、一段と駆けあがる。
 早く忘れてしまおう。
 下から聞こえる声もお構いなしに、蔵の穴に農具を積んで埋めた。もう寝る時間だから急がないと。
 見なかった。サイなんて絵の中でしかいないんだ。おばあちゃんは振り返らず足早に門を出た。すると、何かが足を小突いたの。
 黒い箱だった。
 全面に植物や動物があしらわれている。見知った、おじさんの箱だ。
 びゅう、と風が吹いた。おばあちゃんが振り向くと、男が立っていた。
「なぜ、という顔をしてるね」
「この箱はいったいなんなの」
 男は上を指す。
「遠くない未来……。君の孫が生まれる頃。国際宇宙ステーションは5人のハービーハンコックと出会う」
 男の頭上で一番星がきらめいた。
「ハービー達は、不思議な力をもっていた。彼ら一人一人がもつシンセサイザーはヒトの脳に働きかける。その音色は時空を飛び越え、特定の事物に届くんだ」
 星は輝きを増す。構わず男は続けた。
「あの箱はラジオなんだよ。ハービーが未来で奏でる音を流し続けるだけなんだ。君たちは不幸にも歌に巻き込まれた。でも、もう鍵は締めたから安心なさい」
 おばあちゃんは、彼のことばを理解しきれなかった。でも、何か安心できることを言ってくれているのは分かった。
「安心なさい、安心なさい」
 蔵のほうから、呻くような、喘ぐような声が風に乗ってきた。
 ミチちゃんも長谷部くんもサイも夢だったのかな。
 それなら舐めてもらったほうがよかったのかな。
 おばあちゃんがどんなに思っても、もう遅かった。蔵の声が夜の街を跳ねる。
 元の場所に、男はもういなかった。
 あるのはただ……。

 
 おばあちゃんは、この話をするたびにこの箱を撫でるの。ちょうどあなたが座っている場所でね。鍵穴一つ一つに、指を沿わせていたわ。鍵はきっとどこかにまだあるの。それはアパートの鍵に化けてるかもしれないし、駅に落ちてるのかもしれない。
 あなたが気に入ったなら、おうちの鍵を試してみる?もしかしたらハービーの歌はあなたの欲しいものを送ってくれるかもしれない。
 ええ、ええ。なかでもサイは、とびきり素敵な贈り物になるかもしれない。
 それが本当になっても嬉しいなら。それは、とっても、素敵な、忘れられない、プレゼントになるでしょうね。
 ふふふ……。
(おわり)

 本作は #パルプアドベントカレンダー2020 投稿作品です。

 読んでくださってありがとうございます。
 明日はakuzumeさんの『我々がクリスマス・イブに鰻重を食べるわけ』です!絶対面白い!


あとがき
 こんにちは。電楽サロンです。
 クリスマス、貰う方はもちろん好きですが、プレゼントを選ぶのも楽しいイベントですよね。なので、お父さんお母さんがプレゼント選びに入ったお店で不思議なお話を聞く物語にしました。
 文の雰囲気は、童心社から出版されている怪談レストランシリーズを意識しました。怪談レストランは毎回、妖怪や殺人などひとテーマ決めてコース料理のように短編をまとめています。そのフォーマットがなんとなくパルプアドベントカレンダー企画と重なるものがあり、このようなお話が出来上がりました。
 クリスマスのプレゼント選びにこのお話が役立てばいいなぁと思います。
 クリスマスまで残り二週間。ここからまだまだ熱量もりもりのパルプがやってきます。気を引き締めていきましょう🎍

いいなと思ったら応援しよう!

電楽サロン
ここに送られたお金は全て電楽のビスコ代として利用させていただきます。