石燈篭切虎徹
(※今回の内容はこちらのwikiを参考に書いています)
研師で刀剣学者として活躍していた本阿弥光遜氏によれば、虎徹の中でも最も著名な刀とされる虎徹が今回紹介する「石燈篭切虎徹」です。
歴史小説「新選組血風録(著:司馬遼太郎)」の中でもこの刀が紹介されているようです。
(画像出典:日本刀大百科事典 著:福永酔剣)
①号の由来
この刀の注文主は寛文延宝の頃の「久貝因幡守(旗本)」とされる人であるが、この旗本に切れ味を証明する為、松の枝を切ろうとしたところ勢い余って側の石燈篭まで切り込んだ事に由来する。
(画像出典:HORTI)
②なぜ松の枝を切ったのか
書籍によって諸説あるようですので中でも2つ紹介します。
長曽祢興里が刀代としてその当時で百両くれといったところその旗本が少し値切ったという。
すると虎徹が非常に怒り、「私の刀は何百両出しても打たぬといった打たぬが。その代わり切れ味は御覧の通りだ」といって切ったという。
(「刀談片々」 wikipediaより引用)
当時の流行とはいえ本作があまりに無反りなので、因幡守が思わず「これで切れるのかのう?」と呟いたので、虎徹は「では、切れ味をご覧入れましょう」と言い切った述べられている。
(「日本刀大百科事典」 wikipediaより引用)
(こちらは司馬遼太郎の歴史小説ではありますが合わせて紹介します)
長曽祢興里ができあがったものをもってゆくと久貝因幡守が意外に喜ばなかった。石灯籠の笠を切っても刃こぼれ一つしなかったため、久貝因幡守はそれを見て大いに怖れ無礼を謝し刀を納めたとある。
(「新撰組血録」 wikipediaより引用)
いずれにしても虎徹が灯篭を切ったということでしょうか。
勿論真実は誰にも分かりませんが、虎徹が作り虎徹が切るとは何ともロマンがあります。
(画像出典:田中商店)
③伝来について
久貝因幡守から明治以前の伝来については不明のようですが、戦前の高島屋の名刀展に出展されていたようでその当時の所持者は細川利文子爵となっているようです。
細川家ではその当時この刀以外にも熊野三所権現長光や乱藤四郎等も所持していたとされます。(参考:wiki)
④その刀がなんと…
制作した刀展示ケース「卓上刀箱」に飾って頂けていますっ…!!
なんと光栄な事か…。
真っすぐ反りのない姿の中において精美で積んだ地鉄、虎徹の覇気が伝わってくるようです。
あまりの切れ味にケースの刀掛けも石灯篭のように切れないか心配ですが、刃が逆向きなので大丈夫でしょう。笑
そのような素晴らしい愛刀を身近で楽しんで頂けているようで私としてもとても嬉しいです^^
今年も終わりかけているこの時期に何とも嬉しいサプライズを頂きありがとうございます!
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それでは皆様良き御刀ライフを~!