忘れがちな名工 末備前の清光
1振りの刀を茎を隠した状態で拝見させて頂いた。
南北朝体配を摺り上げたような、はたまた慶長新刀のような姿をしており地鉄が詰み非常に精美で潤いがある。
地鉄はよく見ると相州伝のような板目や杢がうっすらと上品に浮かび上がり非常に端正。
物打ち付近にごく僅かに乱れ映りのようなものが見えるが、気のせいと言われればそうかもしれない。
故に映りはほぼ無いのかもしれない。
刃は匂口が締まり気味であるが、眠くならずに冴えている。
区より上20㎝ほどの範囲には足と葉が良く入っているが、物打ち辺りでは葉が少なくなっている。
出来からしても名工の作なのは間違いないが、南北朝や末備前の刀工、例えば元重(南北朝)や源兵衛尉祐定(末備前)であれば体配や地鉄の冴えは似ているがもう少し映りが鮮明に出そうな気がする。
しかしこの鉄の異常な冴えに対して映りの見え難さは何だろうか。
もしかすると慶長新刀だろうか。
時代が分からなくなるが、1人慶長新刀で古刀のような作風を作る人物が頭よぎる。
肥前国忠吉。
特に忠吉の初期の地鉄は度々古刀と間違わされた経験があり、南紀重国などと並び個人的に古刀に紛れそうな刀工上位に勝手に位置づけているが…。
暫く拝見し忠吉以外の刀工が思い当たらないので答えるも、時代は大体近いが忠吉よりも50~100年位前のぎりぎり古刀に入る刀工とのこと。
となるとやはり末備前か。
末備前。
末備前と言うと、先に挙げた源兵衛尉祐定や勝光などがいる。
しかし源兵衛尉は先の事から違和感があるし、勝光であれば刃文が異なる。
そんなこんなで20分ほどずっと刀を手に持ち考えているとふと頭に清光の2字が頭に舞い降りる。
いた。
1年程前と3年程前位に2度その地鉄の綺麗さに感動した刀工がいたではないか。という事で2札目(入札鑑定ではないが)で清光と答え、当。
清光に感動したのはこれで3度目です。
いい加減覚えろ…という感じですが、つい忘れてしまう名工でした。
因みに末備前の中でも清光と名乗る刀工は数多く、孫右衛門尉、五郎右衛門尉、与三左衛門尉、彦兵衛尉、孫兵衛尉などの通称を冠する刀工がありますが、今回の清光は孫右衛門尉。
(因みにタイトル画は源兵衛尉祐定で清光ではありません)
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↓この記事を書いてる人(刀箱師 中村圭佑)