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「あ、この刀同じ作者だ。」は画像からも感じる

以前所有している刀と同じ刀工作が入札鑑定で出ると時々直感的に「あ、この刀は○○だ」と分かる時がある、という話を書きましたが、これは入札鑑定の時だけでは無くて画像で見ている場合も同じだったりします。
ただ画像の場合は刃文が見えない事も多いので、姿や地景といった情報からのみの判断となってしまうわけですが。

という事で所有刀とe国宝の掲載刀を比較してみてどう同じだと感じたのかを書いてみます。
(同じだと感じる時は直感的なものなので、その時点では自分でもなぜ同じと感じたのかあまり分かりません。その後なぜそう感じたのかを考えながら書いているので結構後付け的な所もあるかもしれない)

①綾小路編

以下は寛文3年(1663)に徳川家綱が日光に社参した帰りに、岩槻城主阿部正邦に与え同家に伝わったとされる国宝の綾小路定利です。

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(画像転載元:e国宝 太刀 銘定利

以下は所有刀の綾小路(無銘)

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・直感的に似ていると感じた部分

例えば如何にも眠そうな以下の刃の部分(丁子部分)
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ここが一番似ていると感じた部分です。
こういった箇所が他にも何か所かあり丁子の形や刃の沈み具合などといった見え方が共通しています。

次に所々大肌になるところがあり、その様相が似ている点。

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あとは刃の中に部分的に表れる金筋の雰囲気も似ている気がします。

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あと謎に線の様なものが現れているところ。(明確な事は分かりませんが個人的にはヒケ疵などではないと思っているのですがどうでしょう?)

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②終わりに

という事でこの手の遊びは手元にある刀が無銘だから楽しいわけなんですが、結局の所じゃあ所有刀が綾小路定利だったかは無銘なので分かりません。(現時点では確かに綾小路だろうなまでは思ってるのですが、更に難しいのは定吉なのか定利なのかなど、個銘を極めて行く場合。これはまだまだ知識と経験が圧倒的に足りません。)
分からないから始まり分からないで終わる無銘刀。
でも自分でこの人と同作だろうと納得できるまで調べたり比較したりと自己満足するのも無銘刀の面白さだったりすると感じます。
疑いようのない在銘は勿論素敵ですが、無銘も楽しいぞ!

なぜ無銘刀が存在するのか?
気になる方は以下の記事も合わせてご覧ください。

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それでは皆様良き御刀ライフを~!

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