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事業構想という視点から武蔵野市の長期計画を紐解く

こんにちは、吉崎です。
2024年10月17日に、多摩大学 経営情報学部の「事業構想最新事情」という科目で講義をさせていただきました。
(講義といっても、私の場合はクイズ形式ですがw 詳細はこちらの過去記事をご参照ください。)
今回は、その時に話した武蔵野市の「長期計画」について触れてみたいと思います。


きっかけ

はじまりは、2024年8月に長島剛教授から
「事業構想最新事情という授業で、吉崎氏の事業構想を話してもらえませんか?」
という依頼があったことでした。

長島教授は元信用金庫の部長だった方で、何を隠そう、私が2016~2017年の2年間信用金庫に出向した時の上司でもある方です。
そんな大恩ある方からの依頼であれば、もちろん「はい、喜んで!」なのですが、まずは絶対に確認しておかなければならないことがあります。

はて、事業構想とは・・・???

そうなんです、事業構想という言葉からなんとなくの雰囲気は伝わるものの、定義や理解が曖昧なまま進めてしまうと、大やけどしてしまう可能性があります。
何より、聞いてくれた学生さんの時間を無駄に奪ってしまうことになりかねませんので、まずは事業構想について自分なりに解釈することから始めました。

事業構想とは

長島教授から、同じ多摩大学経営情報学部の松本祐一教授が書かれた資料をいただきました。
さらに、2024年度の多摩大学のシラバスも拝見し、事業構想を以下のように解釈しました。

・事業構想は、明確な定義がなく曖昧なもの
・多摩大学以外にも、宮城大学や事業構想大学院大学でも事業構想を教えている
・事業構想とは、様々な障壁、ルールによる制約、環境変化などの困難を克服するために行われる事業活動全般のこと
・「着想→構想→計画→実現・運営」という事業やプロジェクトの実現過程のなかで位置づけられるもの

事業構想に関する吉崎の解釈

この中で、私は「着想→構想→計画→実現・運営」という4ステップに着目しました。

「この4ステップ、(武蔵野市の)計画策定の過程とほぼ同じだな・・・」

私は2009~2013年の約4年間、武蔵野市の最上位計画である「長期計画(計画期間は10年間)」を策定する企画調整課という部署にいたことがあったので、この4ステップにピンときたのかもしれません。

武蔵野市方式とは

武蔵野市では、1971年に最初の「基本構想・長期計画」が策定されて以降ずっと「市民自治」を市政運営の最も重要な原理としており、今なお引き継がれています。
その原理原則を「武蔵野市方式」と呼んでいます。
具体的には以下の特徴があります。

・人口推計等の調査等の実施と計画策定に必要な基礎データの整備と公開
・市民意識調査等の実施による市民ニーズの把握
・市民委員による策定委員会を設置し、計画案を策定
・策定過程における市民参加・議員参加・職員参加の実施
・策定過程における市民参加のため、討議要綱及び計画案の概要版を市報特集号で全戸に配布
・市長及び市議会議員の任期にあわせた4年ごとの見直しによる実効性の担保
・長期計画・調整計画と予算・決算の連動
・長期計画・調整計画に掲げた施策・事業を各市民委員会や市民参加により実施
・長期計画に基づき毎年主要事業を指定し、進行管理を実施

『武蔵野市第六期長期計画・調整計画』より
武蔵野市の長期計画策定の過程を事業構想と捉える

なかでも特に職員に浸透しているのが「市民参加・議員参加・職員参加」です。

<市民参加>

・在住市民委員による策定委員会
・市民会議やワークショップによる市民意見の収集
・パブリックコメントの募集や市民団体との意見交換会の実施

<議員参加>

・策定委員会との意見交換(会派別意見交換会、全員協議会)
・2011年に制定した武蔵野市長期計画条例に基づく議決

<職員参加>

・「地域生活環境指標」という地図やグラフ等で視覚的にデータや経年変化等を捉えられるようにしている資料の作成
・策定委員会に紐づく庁内ワーキンググループ
・職員アンケートによる意見募集
・コンサル業者に委託せず職員が文章を執筆し策定委員会に諮る

2024年現在、最新の長期計画は「第六期長期計画・調整計画 2024~2028」ですが、もちろん上記の武蔵野市方式により策定されています。
(調整計画というのは、10年間の長期計画のうち、後半5年間を時代や環境の変化に合わせて修正した計画です)

この武蔵野市方式による長期計画の策定過程が、まさに事業構想そのものではないかと私は思ったのです。

事業構想におけるポイント①~適切な現状把握~

事業構想の4ステップの中で、私が一番重要だと考えているのが最初の2ステップ「着想→構想」です。

カーナビや地図アプリなどを想像してみてください。
目的地を入力すると、距離や時間、経路、移動手段など様々な情報を与えてくれますが、あれは「現在の位置情報」を自動的に機械が把握しているから案内できるのです。
もし電波がつながらず現在地が不明だったら、自分で現在地を入力しなければなりません。
どんなに正確に「目的地」を入力できたとしても、現在地が不明(または曖昧)なら案内することはできません。(逆もまた然りですが)

事業構想や計画策定などの場面では、「目的地(目標)の設定」にばかり関心が集まりますが、「現在地(現状)の把握」を適切に行うことが重要だと考えています。
それによって初めて「適切な目的地(目標)」が設定できるようになるから
です。
そのために必要なのは、主に次の3つです。
 ・数値(統計、データ)
 ・過去の経緯(歴史的背景も含む)
 ・ニーズ(不満も含む)

そして、これらの情報を収集する際に重要なのが「思い込みを排除する」ことです。
例えば、次のグラフを見てください。

武蔵野市の人口の推移と将来人口

これは、武蔵野市の人口の推移と将来人口を推計したグラフですが、平成22年から令和2年までの生産年齢人口数をみると「増加」しています(青色の矢印)。
一方で、生産年齢人口を割合にしてみると「減少」しています(赤色の矢印)。

したがって、
「生産年齢人口は増加している」と思い込んでいる人は、人数を見て「やっぱり増加している!」と思いますし、
「生産年齢人口は減少している」と思い込んでいる人は、割合を見て「やっぱり減少している!」と思います。

数値やデータに意味を持たせる場合は、第三者に意見を求めるなどして思い込みを排除することが重要です。

さて、武蔵野市の長期計画策定での取り組みを見てみましょう。

数値(統計、データ)

毎年作成している統計資料とは別に、長期計画策定のタイミングで「地域生活環境指標」という資料を作成しています。
これは、地図やグラフ等で視覚的にデータや経年変化等を捉えられるようにしている資料です。
この基礎データの収集や表記の確認などは、庁内ワーキンググループを中心に各課の職員が行っています。
また、将来の財政負担や財源を推計する財政計画や人口推計(さすがに人口推計は専門機関に委託しています)なども作成しています。

過去の経緯(歴史的背景も含む)

前回策定した時からの社会経済情勢等の変化だけでなく、各分野(武蔵野市の場合は「健康・福祉」「子ども・教育」「平和・文化・市民生活」「緑・環境」「都市基盤」「行財政」の6分野)ごとの取り組み状況や新たな課題などを記載しています。

ニーズ(不満も含む)

隔年で全世帯を対象に実施している「市政アンケート」や、長期計画策定のタイミングで実施する「市民意識調査」で市民ニーズの把握に努めています。
市政アンケートは、「安全・安心なまちづくり」「高齢者福祉」「自転車対策」などの18項目から3つを選択する簡易的なもので、2023年度は78,700世帯を対象とし5,055通の回答を得ています。(回収率6.4%)
市民意識調査は、「定住意向」「地域への関心度」「市の情報の入手状況」「市の施策に対する満足度・重要度」など具体的な項目について一歩踏み込んだアンケート内容となっており、2022年度は対象となる4,000世帯を無作為抽出し1,468件の回答を得ています。(回収率36.7%)

これらを基に現状把握をし、策定委員とともに課題の発見や深掘り、市の目指すべき将来像の検討を進めていくのが武蔵野市方式による長期計画の策定です。
マーケティングでも同じですが、この現状把握が最も時間と労力を必要とする難所だと思っています。
できれば複数人、あるいは複数チームで、外部委託も活用しながら取り組みたいところですね。
それだけ適切な現状把握というのは、困難ではあるが非常に重要なプロセスだと考えています。

事業構想におけるポイント②~哲学・コンセプトが大事~

次に、事業構想の4ステップで「構想→計画→実現・運営」にあたる部分では、ブレない柱となる哲学やコンセプトが大事だと経験上感じています。
(が、ここではさらっと流しますね)

かつて、武蔵野市で初めてふるさと納税制度を活用する際に、「3つの基本コンセプト」を最初に設定しました。
そのおかげで進むべき方向が明確になり、以後の取り組みがしやすくなりましたし、どうすべきか迷った時にはコンセプトに立ち返ることで決断しやすくなったりしました。
ここでは詳細は割愛しますが、ふるさと納税については過去記事もありますので、別途ご覧ください。

なぜ長期計画を策定するのか?

さて、武蔵野市の長期計画策定における武蔵野市方式の説明をしてきましたが、そもそもなぜそこまでして長期計画を策定するのでしょうか?

それはズバリ、「場当たり的な行政ではなく、計画行政を実施するため」です。
「場当たり的な行政」というのは、言い換えれば「思いつき行政」とも言えます。

例えば・・・


予算の裏付けや市民ニーズの根拠もないのに、「きっと市民も喜ぶに違いない」と思い込んで(←ここ重要です)、急に新規事業を始めた。ところが、いざ始めてみたらほとんど利用されていない上に、制度設計に穴がありクレームが発生、予算も無理やり捻出したので本来やるべき業務に支障が出てしまい不満の声が続出・・・


なんてことにならないように、できる限り計画的にやりましょうということです。

誤解のないように言っておきますが、決して「思いつき行政」が悪いということではありません
本当に必要なことや緊急的に対応しなければいけないこと、あるいはスピード感を持って取り組んだ方が良いこともたくさんありますし、実際にそうやってアイデアと工夫で先進的な取り組みを実施している自治体もあります
あくまでも「武蔵野市においては計画行政に重きをおく文化や風土が根付いている」ということですので悪しからず。

したがって、武蔵野市では2011年4月の地方自治法改正により基本構想策定の法的な義務付けが廃止された際には、同年12月に武蔵野市長期計画条例を制定し武蔵野市方式を制度化したのです。

計画行政とは

最後に、計画行政についてまとめていきます。

場当たり的な行政ではなく、できる限り行政課題を客観的に把握し、自治体としての責任をもって取り組むべき政策・施策・事務事業を体系化し、達成すべき目標とその手段・手順を明確にした長期の総合計画をつくり、それを行動指針として行政を展開すること

『岩波講座自治体の構想3』「自治体計画の課題転換」大森彌

その計画づくりに必要なことは、主に「推計」と「調整」です。

上記の「推計」の部分は、「事業構想におけるポイント①〜適切な現状把握〜」の段で述べた「数値(統計、データ)」と一致します。

そして、重要なのが「調整」です。
予算や人員など、限られた経営資源配分の中で、「あれもこれも」ではなく「あれかこれか」優先順位をつけなくてはなりません。
そこで武蔵野市方式では、「予算・決算の連動」という原則があります。
武蔵野市においては、長期計画に記載のない事業は予算要求できません
したがって、予算要求する時のシートにも「長期計画の何ページに書いてあるのか」を記入する必要があります。

とはいえ、長期計画に細かな事業一つ一つを全て記載する訳にはいきません(長期計画はあくまでも目指すべき将来像を示す10年間の計画)ので、抽象度の高い内容や表現になっていることが多いです。
そこで、細かな事業については各部署で「個別計画」を策定して実現を図っていきます。
また、特に重要な事業については、主要事業に指定し、進行管理をしながら取り組んでいます。

ここまでが、事業構想での「計画→実現・運営」にあたる部分です。

このように、事業構想の4ステップ「着想→構想→計画→実現・運営」と武蔵野市の長期計画やその計画行政を進める「武蔵野市方式」が、同じ構造であることがお分かりいただけたかと思います。

おわりに

なかなかの長文となってしまい、かたじけない!
ここまで読んでくださった皆さま、ありがとうございました。

今回は「事業構想」という新しいテーマへの挑戦でしたが、武蔵野市の長期計画や武蔵野市方式を深掘りすることができた有意義な時間でした。
この機会を与えてくださった長島教授には、改めて感謝申し上げます。
多摩大学のホームページにも掲載していただきましたので、こちらもぜひご覧ください。

それでは、また次回お会いしましょう。
ありがとうございました!

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