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【厳然たる事実に立ち向かえ】ウィルトンズサーガ2作目『深夜の慟哭』第13話

マガジンにまとめてあります。


 エレクトナは秘密めいた笑みを浮かべてみせた。何かを隠しているような、真意を悟らせぬ笑みを。

「これからまだ朝まで起きていらっしゃるのでしょう?」

「そうです」

 ウィルトンは答える。

「では私と一緒に来てくださらない?」

「どちらへ、でしょうか? エレクトナ様」

 アントニーの当然の問い掛けに、

「私の後について来てくださいな」

 と言うと、返事も待たずに歩き出した。

「お祖母様、行って参りますわ」

 その祖母の方をも見もしない。

 広間の天井には、青空と白い雲、さんさんと照らす太陽が描かれている。空を飛ぶ小鳥の姿も。今は夜。似つかわしくないと思われる天井画は明かりの薄暗さに半ば隠されていた。

 アントニーは天井を見上げた。朝には眠るので本物の青空は見られない。彼が四百年掛かって取り戻した青空と太陽の光は、彼自身には何ら恩恵をもたらさなかった。

「お祖母様ったら。明るくして差し上げればよかったのよ。アントニー様のために」

 黒髪黒目の美貌の令嬢は、振り返らずにそう告げると、さっさと足早に広間を出ていった。ウィルトンとアントニーは、顔を見合わせた。この物言い、令嬢は家族に対して思うところがあるのか。領主が孫娘を紹介したのには、いかなる意図があるのか。すべては謎のままだ。

 二人は令嬢の後について広間を出た。すでにメイドの手で扉は開け放たれていた。廊下も魔術によって暖かくされており、外気と違いやや肌寒い程度になっている。

 二人の足音を聞いてか、令嬢は立ち止まって振り返る。

「私も夜に起きていますのよ。これから外に出ますの。ねえ、私についてきていただけますかしら?」

「はあ、我々だけで、ですか? 他にお供の方はいないのでしょうか?」

 ウィルトンは急な申し出に戸惑う。

「いないわ。あなた方お二人だけで充分でしょう?」

「えーと、俺、いや私はかまわないのですが」

「俺でいいわ。そう言いなさい。あなたにはその方が楽なのでしょう?」

 エレクトナはからかうような笑みを浮かべてみせたが、その言葉は、誠意からのもののようだ。

「あ、いいのですか?」

「かまわないわ。私の祖母と両親がいなければね」

「ありがとうございます。では。俺はご一緒してもいいですよ」

「私も参りますよ、エレクトナ様」

「ありがとう、お二人とも。それではついていらして」

 エレクトナは先に立って歩き出した。円柱の並ぶ回廊をゆったりと、優雅な足取りで。

 ここは二階で、さらに上はないはずである。貴族の屋敷では、屋根裏に何かをしまう習慣はない。大抵は、地下に貯蔵室を造るものだ。

 令嬢は回廊の隅にある扉を開ける。上へと向かう階段があった。

「これは?」

「いいから、ついていらして。何も恐ろしい事はありませんわ」

「先にどこへ行こうとしているのか、教えていただけますか?」

 ウィルトンはその場に足を止め、令嬢の黒い澄んだ瞳をじっと見つめた。

「よろしいですわ。この上には、隠された三階がありますの」

「隠された三階?」

「ええ」

「屋根裏部屋ですか?」

 ウィルトンは驚いた。

「そんな言い方もしますわね。でもよくある屋根裏とは違いますわ。他の部屋と同じように、きれいに整えられていますもの」

「何があるのですか?」

「先祖代々、そうですわね、古王国と今は呼ばれる国々の時代から今に至るまで、伝わる物がありますのよ」

「伝わる物とは、一体何なのですか」

「それ以上は、私についてきてからにしていただけますかしら? もっとも、あなた方には断る権利がありますわ」

「参りますよ。貴女には、我々を陥れる理由などないはずです」

 そう言い切っていいのだろうか? ウィルトンは訝しんだ。自分たちを危険視する老貴族が気になる。エレクトナが同じ気持ちを抱いていないとは限らない。ただ、晩餐での様子を見る限りでは、エレクトナは必ずしも領主たる祖母とは仲が良くはないようであるが、祖母と対立しているとしても、ウィルトンたちに味方しなければならない理由もないだろう。

「参ります」

 アントニーはウィルトンにかまわずに言った。

「分かった。俺も行く」

 罠に掛けるつもりなら自分自身を危険にさらさずにやれるはずだ。まだエレクトナを信用し切ったわけではないが、意を決した。

「ありがとうございます。ではこちらへ」

 エレクトナは先に階段を上ってゆく。階段は狭く急である。一階から二階へ上がる際に使った、ゆるやかで幅の広い優雅な造りの階段とは違っていた。

 この階段は黒檀で出来ていた。しっかりとした上質な造りだが、飾り気はない。貴族や金持ちの住まいは常に豪華な造りになっているとは限らない。例えば、素材が大理石や極めて上等な木材なら、簡素な造りでも充分に、風格のある設えに出来る。安物で飾り立てるよりは、ずっと上品にすら見えるものだ。この階段もそのように見えた。

 この女領主の屋敷の他の場所は、過度に華美ではなかったが、豪華さを感じさせる彫刻や飾りは施されている。それに比べると、この階段はいかにも簡潔な造りに見えた。品格は感じさせるが、他と釣り合いが取れていない。

「三階もこのように飾り気なく造られているのですか?」

 ウィルトンは階段を上りながら尋ねた。令嬢は答えない。

 踊り場に出て、さらに上へ。扉があった。意外にも一面に精緻な彫刻が施されていた。青銅製の重そうな扉だった。

「私が開けましょうか」

「いいえ、けっこうよ」

 エレクトナは自身の手で扉を開けた。

 そこには棺があった。黒い木製の棺であった。

続く

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片桐 秋
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