【ヒロイックファンタジー短編】父殺しの聖剣 第4話【自作テンプレート使用】
一方、ここはダウロスの城。
「開けてはならぬと固く言い含めた、あの扉を開けおったな」
ダウロスは第三の自室である高い塔の上から下界を見下ろしつつ眉をしかめていた。
「行った先はバルゴニサの暮らしていた西隣の領地であろう。バルゴニサは生け贄ではない。サジタリス、お前の伴侶とするためにさらったのだ。お前の十六歳の成人の記念の贈り物としてな。何という愚かな真似を」
ダウロスの城は深い灰色をしている。どこもかしこもそんな色合いだ。家具調度品は黒いように見えるが、実際には城を形作る石材よりもなお暗い灰色、黒に近い灰色なのである。
召使いたちも淡い灰色のお仕着せを着せられ、毎日逆らわずに黙々と定められた仕事をこなして生きていた。この城に降るのは沈黙と重々しさであり、アグリアスの居城のように明るい笑顔や笑い声が響く場所ではなかった。
ダウロスはそれを不満には思わなかった。息子もそうであると信じていた。息子はかつてダウロスが滅ぼした領主の息子である。敵の居城の奥まで攻め込んた時、揺りかごの中で泣いていた。他の者たちは赤子を置いて逃げ去っていた。
「何という愚かしい者たちであろうか。そのような配下しか持てぬ領主も実に愚かな女だ。だからこうして攻め滅ぼされるのだ」
ダウロスは部下に命じて赤子を自分の城に連れ帰った。以来、その時の赤子はダウロスを実の父親と信じたままである。ダウロスは事実を告げなかった。告げないままに十六歳までを育ててきたのである。
こちらはアグリアスの居城。領主たるアグリアスが、平民たちとも謁見をする玉座の間である。
今アグリアスの目の前にいるのは平民の若者ではなかった。領民でもない。隣の領地の領主ダウロスの息子である。もっとも、今はまだこの場にいる誰も、サジタリスが養子であって、血のつながりは無いとは知らない。
「分かりました。私は父と戦います」
バルゴニサ姫はそれを聞いて息を呑んだ。
「そんな、サジタリス様がそのような。叔父様、他に手立てはないのですか?!」
「バルゴニサ姫、私はもう決めたのです」
「ですが私は」
「姫はどうすればいいとお考えですか?」
「この地から遠く離れてお暮らしなさいませ。私達の争いに巻き込みたくはありません。褒美は叔父様がたっぷりとくださいます。それを持って、遠くでお幸せにおなりください」
「遠くとはどのような? 私は父の領地から出たことはこれまではなかったのです」
「そうですね、コンラッド王国はいかがでしょう。私がキアロ家の姫君に手紙を書きましょう。それをお持ちになれば、姫君は歓迎してくださいます」
「そのキアロ家の姫君は美しい方ですか?」
「はい、私よりも美しく賢く、そして高貴な方です。その方にお仕えなされば一生は安泰です」
「バルゴニサ姫、貴女のお心遣いは真に嬉しく思います。ですが、私はここを離れません。たとえそのキアロ家の姫君が貴女よりも美しく聡明で高貴な方で、仮に私を生涯の伴侶として選ばれるとしても、それでも私はここにいて父ダウロスと戦います」
「そんな、何故です? 貴方がそんなことをしなければならない理由はありません」
姪のバルゴニサ姫と若者のやり取りを、アグリアスは黙って聞いていた。一言も口を挟まずに、辛抱強く。
サジタリスもまた黙ってしまった。ただ一心にバルゴニサ姫を見つめている。
「あのう、私のためとお思いなら、そのようなお気遣いは無用です。私は自分でも戦えるのです。貴方にはお伝えしておりませんでしたが」
それを聞いて、サジタリスは静かに答えた。
「バルゴニサ姫の前で手柄を立て、姫からの称賛をいただきたい気持ちはもちろんあります。同時に私は、父を止めなくてはならないとも思うのです。私が息子だからこそ。だからこそです」
「よくぞご自身でお決めになられましたな」
ここでようやくアグリアスが口を開いた。
「……はい。私の人生で初めてのことです」
「そうであったか、ダウロス殿はそのように息子を躾(しつ)けていたのですな」
「アグリアス殿はなぜ私にこうしろと助言なさらなかったのですか? 近隣にも名の聞こえた知恵者である貴方ならば、さぞ素晴らしい助言や忠告がおできだったのでは」
「自らの心の内に響く声こそが真の助言であり、忠告なのだよ。それに気づかせることの出来る者こそが、真に知恵者と呼ばれる」
サジタリスにはアグリアスの言う意味がよく分からなかった。私の決意を尊重してくれた。そうした意味であろうかと考えた。
「今はまだ吾(われ)の言う意味が分からなくてもよい。そのうち分かる時が来る。一生を分からないままで終える者もいるが、君はそんなことはないだろう」
三日後。サジタリスは飛竜に騎乗していた。傍らにはバルゴニサ姫の乗るグリフィンがいる。
「では参りましょう、姫」
「はい、どこまでもご一緒に」
こうして戦いが始まった。
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