英雄の魔剣 36
「倒した。ついに、ジョアキス辺境伯の仇も討てたのだ」
老骨に鞭打って戦いに身を投じてくれた辺境伯を、今に至るまでアレクロスは片時も忘れてはいなかった。
「ジョアキス辺境伯、天で見届けていただけましたか。俺は成し遂げました」
アンフェールを倒したために、異変が起きていた。一行は湖中から引き上げられ、湖の岸辺に来ていた。
マルシェリア王女が封じ込められた水晶が割れて、元通りになった王女が姿を見せた。
「マルシェリア王女殿下、よくぞご無事で」
サーベラ姫の言葉に、前王国の王女は片眉を上げてわざと訝しむ様子を見せる。
「ワタクシが無事で良かったと、本当にそうお思いかしら」
「もちろんでございます」
「何もお怪我はないようでございますな」
アレクロスとしては幾分苦笑めいた思いがある。アンフェールにあのような目に遭わされていながら恐れを感じた様を見せぬのは、見事と言う他はない。
「あの男はワタクシを傷付けても無益であるとは考えていたようです」
アレクロスはうなずいた。
「マルシェリア王女殿下。アンフェールとマリース王国のかの遺跡とはなんの繋がりがあるのですか」
マルシェリア王女はアレクロスの顔を正面から強い眼差しで見た。口元は引き結ばれ、やや緊迫した面立ちである。
「そうですね。おそらくは我が王家にあった、魔物と人間の融合による強化の技術を直接に継承したのが、アンフェールとあなた方が呼ぶ男なのでしょう」
アレクロスは息を呑んだ。胸中に期待が高まる。
「では前王国マリースの時代からアンフェールは存在し、我が先祖たる英雄王ベルトラン・コンラッドと、第一公爵家の始祖レイナルド・エルナンデは実験に関与していないと言われますか」
「さあ、どのくらいを『関与した』とお考えになるのかしら」
「ああ、そうです。我らの始祖が何もやっていないとは有り得ない」
「気を落とされることはありませんわ。始祖のしたことは始祖のしたこと。あなたに関係がありまして」
「それは私が先祖の栄光をも受け継ぐのであれば通らぬ言い訳です」
マルシェリア王女は、優しげな笑みを初めて見せた。
「ええ、そうね。あなたは先祖の家系と栄光を引き継ぎ、その恩恵を得ている。でも王子殿下、あなたは充分にその責務を果たしています。身の危険を冒してあの魔物を退治なさったのです」
「そうです。これでようやく宿敵を討ち果たしました」
アレクロスは部下二人と《山の仙人》を見た。
「ありがとう、お前たちのお陰でもある」
それから王女に向き直る。
「マルシェリア王女。あなたにも礼を申し上げます」
「ワタクシは何も」
前王国の王女は、ただそうとだけ告げた。