英雄の魔剣 46

 翌朝、王家が与えた馬に乗ってユスティーナは旅立った。
 古代帝國から残る古い街道沿いに馬を走らせて王都を去っていった。
 馬は名馬であり、見事な白馬であった。二頭のつがいのうち、牝馬がユスティーナに貸し与えられた。

「必ず生きて帰ってこい。それが一番の命令だ」
「ありがたきお気遣いに存じます」
「気遣いで言うのではない。お前には、生きていてやって欲しいことがたくさんある」
「かしこまりました」

 銀髪の女騎士は、わざわざ王宮の外にまで見送りに出てきてくれた王子に対し、丁重に礼をした。
 王宮はこのコンラッド王国が始まる前に、別の王朝のために、この街道の前に建てられたのだ。王宮の周囲の広大な敷地を越え、刈り込まれた低木の垣根の外を出た前に街道がある。低木には様々な花が咲き乱れていた。色とりどりの薔薇と百合とラベンダーである。皆一つの木から咲く。
 今、アレクロスはセシリオと共にその低木の垣根の外側に立つ。

「ユスティーナ」
「はい」
 貸し与えられた白馬にまたがり、、今しも鞭を当てようという時、世継ぎの王子はまた声を掛けてきた。

「お前なら出来ると信じている」
 王子はじっとユスティーナの目を覗(のぞ)き込んでいた。
「は、はい。必ず使命を果たして戻ってまいります」
 女騎士を乗せた馬は、疾風(しっぷう)のように速く駆けて去っていった。

「ユスティーナは行った。俺が思うに、彼女は必ず戻ってくる」
「戻ってきてもらわねば困ります」
 セシリオのその言い方は一見冷たいようだが、ユスティーナへの信頼の現れである。
「戻ってきたら男爵の位を与える。異存はないな、セシリオ」
「はい」

 男爵ともなれば、正式に王宮内を出入りする権利が与えられる。もう、呼び出しを待つ必要はなくなるのだ。
「騎士団からのやっかみが、いささか心配ではありますが」
「なあに、大丈夫だ。実際に手出しをする愚か者はいるまい」
「そうであればよろしいのですが」
 アレクロスはそれを聞いて、何だと問い掛ける目で見つめた。だが、セシリオは何も言わない。

 残念ながら、王国内の貴族や騎士の全員が、高潔な心根の持ち主というわけではない。中にはおよそ地位に相応しからざる凡才もいる。それに性根の曲がった者も。

 そうした者たちがユスティーナを妬んで、引きずりおろそうとするのではないかとセシリオは案じていた。ユスティーナは女ながらに武勇を誇り、並みの男では到底歯が立たない。それでも卑怯な振る舞いには、上手に対処が出来るであろうか。

 初めから敵と分かっていればよい。
 味方のふりをして近づく者にはどうなるであろうか。ユスティーナが頭の固い愚かな女ではなく、それなりに世情も知った賢明な騎士であるとは分かっている。それでもセシリオは、楽観が出来なかった。

 一番ありそうなことは、不名誉な罪を着せて騎士としての命を断つことである。実際に死罪にまでならなくともよい。今、彼女が得ている名誉、それが何もかも打ち砕けるような汚名を着せて、まともな人の暮らす世の中から葬り去れればよいのだ。一生自宅に引きこもるか、裏街道しか歩けなくなるように、徹底して悪評を広めればよい。
 
 いったんそうなってからでは、確実に潔白を証明出来ない限り、王族や第一公爵家の者でもどうにもならない。
 アレクロスは、すぐには親友のこうした考えを見抜けなかった。それでこのように問い掛けた。
「セシリオ、どうした。俺があの女騎士を男爵に取り立てるのに反対なのか」

「反対ではございません。ただ、もう少し慎重になさるべきかと存じます」
「どのように」
「公爵家に、養女として入ってからしばらくして貴族の暮らしに馴染(なじ)んだ後に、男爵となるのがよろしいかと存じます」

「なるほどな」
 アレクロスは短く答えた。
 しばらく黙る。

「そうだな。それがいいだろう。お前たちに任せてよいか」
「かしこまりまして存じます」

 実際のところ、騎士はそれなりの身分とはいえ、王宮入り出来る爵位持ちの貴族とは明確な序列の違いがあり、作法や生活ぶりも大きく異なる。

 それもあってセシリオは、まずは貴族の家に迎え入れられた方がよいと考えたのだ。もちろん、身分を保証する意味もある。爵位を持たせなくとも、世継ぎの王子のお気に入りとなれば、大貴族の後ろ盾が必要だと考えた。

 風が吹いてきた。春は終わり頃で、未だ初夏には至らない。そんな時期の暖かくも爽快な微風である。

「ありがとうセシリオ、よく言ってくれた」
「我が家に正式に迎える前には、王宮仕え見習いとして作法やしきたりを教えます」
 思わず親友の顔を見た王子に、ゆっくりとセシリオは言い聞かせた。

「それくらい段階を踏んで慎重にした方が良いと考えています。王子、これは騎士ユスティーナのためなのです」

「分かったよ、セシリオ。お前の言うとおりにしよう」

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片桐 秋
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