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【厳然たる事実に立ち向かえ】ウィルトンズサーガ2作目『深夜の慟哭』第14話
マガジンにまとめてあります。
「この棺(ひつぎ)は?」
二人は黒髪の令嬢により、室内に招き入れられた。
思ったよりは広い。下の広間には及ばないが、ウィルトンたちに割り当てられた客間と同じくらいはある。やはり中は簡素な造りだ。上ってきた階段と同じ黒檀で、壁も床も天井も造られている。簡素であるがゆえに、身が引き締まるような凛とした空間。
その中心に、鏡のように磨き上げられた黒い石材でできた棺がある。今は蓋が開いていて、中は空っぽだった。
「気になりまして?」
棺に目を奪われたままウィルトンは突っ立っていた。声を掛けられて令嬢の方に向き直る。
「え? それはもちろん。そのために俺たちを連れてきたのではないですか?」
いつの間にか、先ほどよりややくだけた口調になっていたが、エレクトナは咎(とが)めなかった。
「気になるのは当然ですわ。でも、これこそが我が家の秘密なの。大丈夫よ。家族は私に任せてくれています。お祖母様もご承知よ」
特に女領主である祖母と仲が悪いわけではないのか? ウィルトンは思った。
「エレクトナ様、まさか、ここに眠るのは私と同じ存在なのですか?」
ウィルトンの傍らに立っていたアントニーが口を開く。
「そうとも言えるし、そうではないとも言えるわね」
「と、おっしゃいますと? 如何なる秘密が隠されているのでしょう? どうか美しい方、我々を焦らさないで、打ち明けてはいただけますか」
アントニーは令嬢を安心させるように、そっとゆっくりと、両腕を左右に広げた。敵意が無いのを示す仕草だ。元々は武器を隠し持ってはいないのを表す動作であった。いつからか、内心をも意味するようになった。
ウィルトンもその歴史を知っている。アントニーと同じように両腕を広げた。ぎこちない笑みを浮かべながら。
エレクトナはそんな彼らの様子を見て笑う。
「ヴァンパイアの中には、昼間に陽光を浴びても平気な者がいますわ。彼らは紅(くれない)と銀の月の周期に合わせて人間からヴァンパイアに、肉体を変化させる。ヴァンパイアである時にも、人間になれないヴァンパイアよりは力が劣っているの。そんな存在をご存知ではないかしら?」
「まさか、貴女がそうだとおっしゃるのですか?」
「ふふ、そうだと言ったなら、あなた方はどうするのかしら」
ウィルトンとアントニーは、またしても顔をお互いに見合わせた。今晩だけで何度目になるだろうか。
「令嬢、貴女はこの地の人々を害する真似はなさいますまい。であるなら、私は貴女の味方です。どうか信じていただきたい」
ウィルトンは黙っていた。聞きたいことが山ほどある。
「何か言いたそうね?」
「もしそうなら、なぜあなたはヴァンパイアになったのですか? 悪であるとはこのことですか?」
「今では禁忌とされている古王国の魔術には、自らをヴァンパイアにするものがあるのはご存知ね?」
「ええ、知っています」
アントニーは即答したがウィルトンは知らなかった。しかし考えてみれば当然だ。デネブルがヴァンパイアになったのは、何か理由があるのだろうから。
「俺は知らなかった。デネブルもそれで?」
「ええ、そうです。しかしその魔術の代償はあまりにも大き過ぎる。誰もが使いたがったわけではありません。魔術自体の難度も高く、術を施される側にも危険が大きかった。失敗してそのまま死ぬ人間が、どれほどいたことでしょうか!」
「そうか、でもデネブルは死ななかった」
「そうです」
アントニーはここで沈鬱な表情を見せた。
「彼はヴァンパイアとなっても最初から邪悪であったのではありません。おそらく……彼も後悔したのでしょう」
盟友のその様子を見て、ウィルトンの中で何かが弾けた。
「知るかよ! ヤツの苦しみなんざ……四百年も闇の中に閉じ込められ、殺されていった多くの人々からすれば関係ない話だ!」
「ええ、そうですね」
アントニーは逆らわない。
「まあ落ち着いてくださいな。私の話を聞いて。デネブルが残した物は、あなた方が見つけた宝物だけてはないのかも知れないのよ」
「え、どういうことですか?」
「デネブルが暮らしていた場所は、あなた方が彼を倒したあの暗黒の塔以外にもあるの」
「ああ、言われてみれば当然ですね。ヤツの支配下に置かれた領域は広い。ずっとあそこにいたわけではないでしょう」
「そうなのよ。暗黒の塔は一番の根城。でも他にも彼の住む場所はあったの。我が家に代々伝わる古文書によれば、それはね、隣の貴族の領地にあるのよ」
隣の貴族の領地に。ウィルトンには、不吉な予感がした。
「それで、何か問題があるのですか?」
あえて分からないふりをして、こう問い掛けてみる。
「我が家の先祖が、デネブルから領地と貴族の地位を与えられたのはご存知ね? その時から残る古文書に、ヴァンパイアになる方法と、デネブルの住処(すみか)が記されているの。隣の貴族は、それを知らないわ」
「それでエレクトナ様、貴女は、ヴァンパイアなのですか?」
「今は違うわ。もうじきそうなるわね。今は月が欠けてゆく時期。新月となり、闇の月の女神が夜を支配する日から、再び月が満ちてゆく間、私はヴァンパイアになるの」
続く
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