ウィルトンズサーガ【厳然たる事実に立ち向かえ】第3作目『深夜の慟哭』第45話
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休憩を半刻ばかりした。ウィルトンは少し腹ごしらえをする必要を感じた。ブルーリアに頼んで 食べ物を探してもらうことにする。アントニーとロランをその場に残し、自分もブルーリアについていく。
「魔法で食いもんは出せないのか?」
「それも人間の神官のやることなのよね。私たち妖精にはできないの」
「そういえば妖精は何かを食べるのか?」
「食べるわよ。花の蜜を食べるの。それだけだから、それ以上の人間の食べ物は魔法では出せないの。あなたにも蜜を出してあげてもいいけれど、あなたはそれだけでは満足しないでしょう? だから取りに行かなければならないのよ」
「ああ、すまんな手をかけさせて。だけど、その食べ物を出すっていうのも、きっとものすごく高い技術を備えた神官しか出来ないことなんだろうな」
ブルーリアは答える。
「その通りよ。そんな者はジェナーシアのような南の国々にも滅多にはいないでしょうけれど。ましてここは、デネブルが何もかも台無しにしてしまったものね」
二人は、その後は黙って歩き続けた。半刻のさらに半分ほど歩いた頃、一本の木が見えた。かなり太い幹だ。枝振りも大きい。ただ葉は一枚もついていない。枯れ木のような風情の木に、何故か木の実だけがいくつもいくつも垂れ下がっていた。
大きさはりんごくらいだが、形が違う。四角い形をしている。正方形の形だ。それが長い草の蔓(つる)のようなもので木からぶら下がっている。いくつもいくつも、ぶら下がっている。
不意に吹いてきたそよ風が、 その木の実をゆら揺らした。大きな木に生(な)る、いくつもの四角い実、それがいくつもいくつもゆらゆらと入れている。ウィルトンには、とても不思議な光景のように思えた。
「なあ、ブルーリア、あの木の実って美味いのか?」
ブルーリアは答える。
「ええ、そうね、焼きたてのパンのような味がすると聞いたことがあるわ。でも私、パンがどういうものだか分からないの。もちろん、それが人間にとってどういうものなのかは知っているわよ。でも、どんな味なのか、それが人間にとってどんなに美味しいものなのか、私たちには分からないの」
「そうか。花の蜜って蜂蜜のことか? 蜂蜜なら人間も食べる。パンにつけると美味しいんだ」
「そうなの? でも人間の食べる蜂蜜はちょっと濃すぎる気がするの。もっと薄くていいのよ。直接に花から吸うから、あんなにどろりとはしていないの」
ここで妖精は軽くため息をついた。
「蜂たちが一生懸命集めた蜜を取るなんて、人間はひどいことをするのね、と思ったこともあるけれど。でも仕方がないのに。だって人間だって生きていかなくちゃならないんだもの」
ウィルトンは黙った。
そうだ、俺たちだって生きていかなくてはいけないんだ。魚を釣ったり、獣を狩ったり、そうやって生きているんだ。それに厳密に言うなら、植物にだって命があるはずなのだ。
摘み取られる薬草、食べられる野草、畑の野菜、食べられる植物の種だってそうだ。みんな命はあるはずじゃないか。
「ブルーリア、俺は食べ物に感謝しろって言われて育てられたよ。もう両親はいないけどさ。その教えは今でも俺の心に残ってる。もちろん妹のオリリエにもだ」
ブルーリアは笑ってうなずいた。
「そう、あなたは食べ物に感謝をするのね。昔、デネブルが来た時に、私たちの仲間の血を吸ったわ。 その時、彼は仲間に感謝してくれたかしらね。その時、アントニーもいたの。アントニーは、そう、その時私は見たの、アントニーは悲しそうな顔をしていたわ。彼はきっと本当はそんなことしたくなかった。だけど仕方がなかったのよ」
「ブルーリア……」
「蜂から蜜を奪うように、狩りの獲物から命を奪うように、私たちから血を奪ったの。私たちの命を。アントニーはその時まだ人間だったから、そんなことをしなかった。私は仲間が血を吸われているのを見たわ。 でも、アントニー、 彼にとっては仕方がないことだったの。彼にとっては仕方がないことだったの」
ブルーリアは木を見上げていた。ウィルトンの方を見ようとはしない。
「アントニーは」
ウィルトンは、何かを言おうとして言えなかった。
アントニー、仕方がなかったんだ、そうだろう?
かつての自分の心の声がよみがえる。
何があろうと俺はアントニーの味方だ。罪があるなら共に償う。しかし、何が罪で、何が許されることなのだろう。
ウィルトンの内心など知らぬように、妖精はなおも続ける。
「アントニーにとってデネブルは大切な仲間で、もし彼を裏切るようなことがあれば、自分ばかりでなく自分の一族も、そして 領民たちも危ない目に遭うのだもの。でも、だからって私たちが、彼らに理解を示さなくてはならない理由なんてないわよね。私たちにだって、私たち自身を守る権利があるのだもの。地上の人間たちが、ヴァンパイアもよ、彼らが自分たちを自分たちのやり方で守ってきたようにね」
「ブルーリア、君はアントニーを恨んでいるのか、 まだ?」
ウィルトンはそう尋ねた。 恐る恐ると言っていいくらいに、声がやや震えていた。その震えをブルーリアに悟られなければいいと願っていた。
「恨んではいないわよ、彼はもう昔の彼ではない。 考え方が変わったのよね。でも昔のことを完全に忘れるのは無理よ。恨んではいないけれど、そうね、忘れることもできないのよ」
ウィルトンはブルーリアの前に立った。彼女の目の前に。ブルーリアは木の梢(こずえ)から支線を落とし、ウィルトンを真っ直ぐに見つめた。
「そうだな、忘れることはできないだろう。それは無理だ。俺も忘れてくれなんて言えない。でもそうだな、もし俺から頼めるんなら、どうかアントニーを許してくれ。心からお願いする」
「許せるかどうか、それはこれからの彼の活躍次第よ。この呪われた地を解放してくれるなら、その時私たちは彼を受け入れるわ。私たちの仲間としてね。安心して、この地下世界で暮らしていいのよ」
「ああ、 必ずそうするよ。必ず俺たちはそうする」
ウィルトンは固い決意と共にそう答えた。
続く
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