【ヒロイックファンタジー短編】父殺しの聖剣　第5話【自作テンプレート使用】

　ダウロスの軍は地表を歩いてやって来るのみである。アグリアスの側にも、飛竜やグリフィンに乗って空から攻撃できる戦士は少ないが、それでも有利はある。

「不意打ちをいたしましょう。サジタリス様、後悔はありませんのね？」

「ありません。私はきっと苦しむし、とても悲しいでしょうが、後悔だけはしません」

　バルゴニサ姫はそっとサジタリスの左肩に手を置いた。今は白い手も頑丈な篭手（ガントレット）に覆われ、柔らかさを感じることはできない。

「そのお覚悟、しかと受け止めました」
　
　姫は心を込めて言った。

　

　戦いが始まる。

　飛竜は口から火炎を吐き出せるが、それには限りがあり、下手をすれば地上から弓矢や投げ槍で射抜かれてしまうだろう。サジタリスはそう考えた。

　火炎を無駄にせぬよう、兵が固まっている所を狙って滑空して舞い降り、火を放ち、投げ槍やスリングによる投石の反撃を避けて、また上空に舞い上がる。

　バルゴニサ姫と他のグリフィン部隊は、天高くから弓を巧みに扱い、上空の有利を活かしていた。

　ダウロス軍は、空からの攻撃に対応し切れず、多くの犠牲を出した。サジタリスとしては、このまま父があきらめて退却してくれるのを望んでいた。

　しかし、一度は退いたかに見えたダウロス軍は、再び陣容を変えて出撃してきた。今度は森の木々に身を隠して守りを固めている。弓兵の数が前よりも多い。彼らはグリフィン部隊を特に狙ってきた。

　バルゴニサ姫はグリフィンの翼を射抜かれ、落下しそうになる。

「姫！」

　サジタリスは素早く旋回して、グリフィンの真下に周り込んだ。

　バルゴニサ姫は素早くサジタリスの後ろに乗り移る。グリフィンは痛めた翼をかばいながら飛び去った。

　このままでは、武具も含めた二人分の重さで、動きが鈍くなる。サジタリスはそう思った。

「姫、私もいったんは退（ひ）きます」

「はい」

　バルゴニサ姫は静かに了承の返事をしてくれた。

「ダウロス殿は別働隊を率いて、我らの背後に回るつもりだ」

　ここはアグリアスのいる本陣である。近くから戦いの声と音が聞こえる。火の手が上がるのも見えた。

　アグリアスはそれでも落ち着いていた。怯（おび）えず、憤（いきどお）らず。サジタリスはそんな態度を頼もしいと感じていた。

「アグリアス殿、父がこちらに来ると？」

「斥候からの知らせを聞いて考えれば、そうとしか思えぬ」

「分かりました。ここは私にお任せください。父を止めてみせます」

　バルゴニサ姫は別のグリフィンに乗って再び飛び立った。その背を見送りながら、アグリアスはサジタリスに言った。よろしく頼みましたぞ、と。

　アグリアスの推測通りだった。ダウロスはわずかの手勢を用いて、丘を挟（はさ）んで悟られぬように迂回（うかい）しながら、アグリアスのいる本陣の背後を突く動きをしていた。

　父の前に姿を表した時、サジタリスは飛竜に乗ってはいなかった。それでは逆に目立ち過ぎるからだ。そうなると上空の有利を活かせない。有利と不利もまた裏表、紙一重の関係にあるのだ。

　アグリアスから借りた名馬の上から、サジタリスは父親に声を掛ける。

「父上、どうかお心を入れ替えて、アグリアス殿に降伏してください。私は父上を、この手に掛けたくはありません」

「それはならぬ」

「何故でございますか、父上」

「アグリアスに付いて戦うと言うのか。あの女の息子は、やはり母親に似た愚か者であったか」

「あの女？」

「聞くがよい、お前の本当の父親は私ではない」

「え……？　そ、それはどういうことですか、父上」

　ダウロスはここで事実を告げた。

「そんな……」

　愕然とするサジタリスを、ダウロスは情け容赦なく突き放す。

「さあ、私が実の父親ではないと分かったなら、遠慮なく掛かってくるがいい」

「いいえ父上、あなたは私の父上です。これまで育ててくださった方には違いがありません」

「ならば私と共にアグリアスの領地を攻めるのだ。バルゴニサ姫を殺しはせぬ。捕虜にして、お前に与えよう」

「そのような事を！　バルゴニサ姫は物ではありませぬ」

「甘いな」

　ダウロスはそう言ったきり、もう口を開こうとはしなかった。

　父の背後から長槍の兵が走り出てきた。サジタリスは兵を馬上から巧みに切り捨てる。着いてきてくれたアグリアスの騎士たちも共に。

　長剣は、長さでは不利だが槍を盾で防ぎながら、スキを狙って突き切る。

「父上、どうかご領地に引き揚げてください」

「ならぬ」

「父上、どうかお願い申し上げます」

「いいや、私は決してここから退（ひ）かぬぞ」

「父上、どうか、どうか」

　ダウロスはこの時気が付いてはいなかったが、サジタリスはダウロスが譲った剣ではなく、アグリアスから下賜（かし）された剣をかまえていた。

「いいや、必ずやアグリアスの領地を攻め取ってみせよう。お前には、その跡継ぎとさせてやる。アグリアスに何を言われたのかは知らぬが、そんなことは全て戯言（たわごと）だ」

　サジタリスは説得をあきらめた。

「父上、残念です」

　その時、アグリアスから与えられた聖剣は、水晶の透明となり、明け方の太陽のような光を放った。

　次の瞬間、聖剣はダウロスの胸に刺さり、光は周囲の目をくらませた。

　ダウロスの身体が馬上から落ちた。

　しばし静けさが流れると、ダウロスに率いられてきた長槍の歩兵たちは皆あわてて退却していった。