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【ダークファンタジー短編】暗黒城の村 第6話【創作論実作・ニュートラル型編】
前回の話はこちらです。
ナサニエルの様子を、ダミアーニの屋敷に残っている者たちが見たならばきっと驚いただろう。あまりの変貌ぶりに。雰囲気が変われば、人はこれほどに変わって見えるのだと思い知らされただろう。
何の役にも立たない、恐れは今すぐに捨てろ。
声が聞こえる。ずっとナサニエルを導き続けてきた声が。
恐れるのならば正しく恐れなければならない。恐れる対象を見極め、恐れに対処するのだ。
「『防護』を」
ナサニエル自身とガーデスに、攻撃からの守りが生じた。目には見えない、重みもない鎧のようなものが。
それは神技(かみわざ)。女神の力を己(おのれ)の精神と肉体を媒介としてこの世に顕現させる。人の身体と心が耐えられる限界までは。より大きな力を呼び込むために、心身を鍛え続ける。
『裁きの代行』はまだ遠いが、今でもナサニエルは、常人には遠く及ばない境地にある。
「駄目だ。ここはいったん退いてくれ」
「追いかけてきますよ」
ナサニエルの返答は冷たく響いたかも知れない。
こうなると『聖なる印』を持ってこなかったのが悔やまれる。うかつに失くしてしまうと思わせるのは得策でないと思い、優しいだみ声の男マイナルの言う通りに屋敷に置いてきた。
自らの意志で『聖なる印』を呼び出せるのはもっと高位の力ある神官だけだ。
「仕方がないな」
ガーデスは腰に下げていた木の棍棒を振りかざす。棍棒の先には金属製の鋭い突起がついた輪がはめられている。
ヴァンパイアが飛んで来た。
「『強化』を!」
叫びながらメイスを振る。『強化』の神技はガーデスの武器に対して掛けたものだ。
ヴァンパイアは巧みに空中でかわした。かわしざま不自然なほど長い腕を伸ばし、三日月型の光の刃(やいば)を放つ。
ナサニエルは紅い光を放つメイスで弾き返す。加護を受けたメイスには、そんな働きもある。ガーデスの方はそんなに幸運ではない。棍棒を持つ片手に傷が走る。流れる赤い血。
「『防護』が利かない」
ナサニエルは声には出さないが焦りを感じた。
敵のヴァンパイアは光の刃を同時に三本も飛ばせた。ネフィアル神官はメイスで叩き返すが、ガーデスはかなり苦戦している。
「やはり『聖なる印』を持ってくるのだった」
それは口には出さない。ナサニエルが声に出したのは、こうだ。
「やはりいったん退(ひ)きましょう」
言われるまでもなく、ガーデスはじりじりと後退していた。
「逃げてください」
「しかし」
「いいから早く」
言ってからナサニエルも走り出す。
「『聖なる盾』を」
背後に不可視の盾が出現する。しばらくは敵の進路を阻んでくれるはずだ。
ガーデスは、ダミアーニの屋敷に向かって走る。ナサニエルも後からついて走る。
「逃さんぞ」
不気味な声がした。まるで耳元でささやくように。
振り返りたいが、振り返りたくない。ナサニエルは走り続けた。
不意に頭上に大きなこうもりが現れた。ナサニエルの上を越えてガーデスに追いつく。
『不可視の盾』が利かなかった。
ナサニエルは心底から肝が冷えた。こうもりになったのでより高く速く飛べるようになった。盾を越えて飛んできたのだ。
ヴァンパイアについて多くの知識はない。こうもり化すればどうなるかなど、正確には知らなかった。
真(まこと)に知は力なりだ。知識神ライデスに仕える者たちが言う通りに。ネフィアルよりもずっと小神のライデスだが、今はその力を借りたい気持ちでいっぱいだった。
目の前でガーデスの首が飛んだ。
胴から離れ、地面に落ちる。
首からはおびただしい血が吹き出し、ガーデスの身体(からだ)は支えを失った丸太のように倒れる。
「『沈着』」
自分の気持ちを落ち着けるために神技を使う。使うまでもなく落ち着いていられるなら、その時こそ『裁きの代行』に手が届く時だ。
その時はとても遠いように感じられた。
『法の国』の復活など出来るわけがない。是非以前の問題だ。どれだけたくさんの力のあるネフィアル神官が必要になるのだろう。対抗してくる様々な存在や勢力と戦わなければならなくなるのだろう。
高く高く飛んでいたこうもりは、ナサニエルの前に下りてきた。走っていた足を止める。
「ネフィアル神官、貴様は楽には殺さんぞ」
『沈着』の効果で動揺せずに済んだ。メイスはまだ紅く輝き続けている。
「聖なる裁きを」
こうなったら戦うしかない。退こうと言ったのは自分だが、言わなければよかったと今は思う。背中を見せて全力で走ったために敵の動きが見えにくくなり、結果として味方は殺され、追いつかれた今は不利な状態に置かれている。
油断させるために恐れているふりをしていた。敵はこちらが『沈着』を使えるとは分からないようだ。
こちらは敵をよく知らないが、向こうもこちらをよく知らない。
そこに勝機がある、かも知れない。
メイスを持つ手を大きく震わせる。わざとであり、演技だ。
油断しろ、油断するんだ。
そう念じる。
こうもりは元の姿に戻った。初老の男の姿をしている。
このままで永遠に生きるのだろうか。いや、ヴァンパイアとなった以上は、大抵の若い男などよりよほど力も元気も有り余るのだ。そうと分かってはいたが。
青白い肌に真っ赤な唇。犬歯が長く鋭く伸びている。
全身に黒い衣装をまとい、背中には影のようにマントを流している。
不自然な生命を生きる故の不気味さを醸(かも)し出して入るが、下卑た様子はない。化け物じみた中にも、ある種の畏敬を呼び起こす何かがある。
これもデネブルが与えたものなのか。
誰も疑問には答えてくれそうにない。
続く
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