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英雄の魔剣 41

「そうなればよろしいのですが」
 グレイトリア姫は、そこまで確信が持てないようである。無理もないとは思う。アレクロスは出来る限り姫を気遣い、表情を和らげてこう言った。

「《山の種族》には二種類いる。山の中腹に小屋を建てたり、ほら穴を掘って暮らす者。もう一つの種は、山中の地表でなく地中に住んでいる」
 王子の話を聞いて、グレイトリア姫は軽くうなずく。
「それは、聞いたことがございます」
「そうであろうな。姫は物知りだ。よく勉学に励んでいると聞く」
 過度ではない程度に、姫に称賛の言葉を送る。アレクロスは続けて言った。

「山中に住むと地表に生える植物から取れる物が取れない。野菜や薬草だけではない。ごくありふれた緑の草木からでも、我々の目には見えない『何か』が放出されている。知らず知らず我々は、そこから活力を得ている。それは心身を健全にしてくれているのだ。だが地中にはそれがない。するとどうなると思うか」

「ええ、それならばきっと私たちの知らない病があるのでしょう」
「その通りだ。さすがは姫。よくぞ気が付いてくれたな。それでは、私がこれから姫に頼みたい内容も分かるだろうか」

 グレイトリア姫は再びうなずく。
「薬ですね。その放出される目に見えない何かに替わる物を薬品で用意する。彼らは代償として内海を造営するのを手伝うだろう、とそうお考えですか」
「その通りだ。どのくらいで出来るか」

 アレクロスの下問に、第二公爵家の令嬢は目を見開いた。思わず、といった風に。
「あまりに急な仰せで……」
「大体でよい。いきなりで驚かせたのは承知している」
 グレイトリア姫はじっと黙っていた。が、やがてややためらいがちに口を開く。

「三月(みつき)いただければ、と存じます」
「三月か」
 三月。月の女神が、満月・半月・三日月と、三つの相を一めぐりさせるのが一月(ひとつき)だ。それが三周するまで。それならば季節は替わる。次の季節へと。夏を終えて、そろそろ秋が始まろうかと、その時期になる。

「九十九日であるな」
 確信を求めてアレクロスは再度、姫に問うた。
「はい、左様でございます」
 今度の声は、最初の返事よりもしっかりしていた。姫はよほど素早く決意を固めたと見えた。アレクロスだけでなく、セシリオの目にもそう見えていたようだ。
「よし、頼んだぞ。グレイトリア姫」
 姫は、木製の土台に革張りをした椅子に掛けたまま、深々とお辞儀をした。
「必ずや、ご期待に応えてご覧にいれます」
 そう答えた時には、さらに確固たる口ぶりと物腰になっていた。

「セシリオは反対しないな」
 するのであれば、すでに口を挟んでいたはずである。そう思いはしたが、一応そう尋ねてみた。
「はい、よき取り引きとなるかと思います」
「すでに薬が出来たかのようだな」
 アレクロスは思わず苦笑した。確かにグレイトリア姫の腕と才知はよく知られている。だからこそ信頼し、こうして依頼したのだ。だが用心深いセシリオにしては、いささか先走り過ぎではないか、とも思える。

「大丈夫です、王子殿下。薬はきっと完成するに違いありません」
 セシリオの方はまるで動じず、冷静なままである。
「私より確信があるのだな」
「キアロ家当主とは、何度か話をしておりまして、そうした薬品の研究にも時間と資金を割いていると聞きました。それは鉱山で働く人間のための物ですが」

「そうだったのか」
 その話をアレクロスは聞かされていなかった。瑣末(さまつ)な事までいちいち報告するには及ばないが、これは聞いておきたかったとも思う。だが、今はそれを云々(うんぬん)しても仕方がない。
「ええ、セシリオ様がおっしゃる通りですが、それには少々問題が……」
「問題とは」
 グレイトリア姫はうつむき、軽くそっと息を吐き出した。ため息よりも、強いためらいと心労の様子。

「開発したそれには、麻薬のような毒性があり……とても常用に耐える物ではないと」
「そうか」
 出来る限り失望が声にも顔にも現れないように努力はした。それでも姫には覚られてしまった。
「新たに別の薬品を開発するか、今ある物から毒性を無くすか、しかございません」
「三月で出来ると言ったな」
「はい、それは新たに開発した場合でございます」
「今ある物を使えば」
 グレイトリア姫は、しばしためらう。

「あれは……失敗作だと私は考えています。あれは使いたくありません」
「そうか」
 アレクロスはそれ以上問わない。
「やってくれ、グレイトリア姫。新しい薬の開発を。俺は、いや『私は』貴女を信じている」
「は、はい」
 アレクロスの断固とした、同時に丁重な、信頼に満ちた様子に、第二公爵キアロ家の令嬢は心打たれたようであった。

「ありがとう、姫。これは大任だ。姫ならやれると信じている」
「あ、ありがたく存じます」
 アレクロスはその時、令嬢の手を軽く握った。素手ではなく、革手袋をしている方の手である。
 令嬢はかすかに顔を赤らめ、それから毅然とした面立ちになって言った。
「必ずや王子殿下の、そして我が国の御役に立ってご覧にいれます」
 グレイトリア姫は立ち上がり、アレクロスとセシリオの二人に、丁重な礼をして出て行った。隣室で侍女が、女主(おんなあるじ)を気遣う声が聞こえた。

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片桐 秋
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