ウィルトンズサーガ【厳然たる事実に立ち向かえ】第3作目『深夜の慟哭』第55話
マガジンにまとめてあります。
ウィルトンは話し続ける。
「川岸で取れるきれいな石は好きで、よく取ってやったもんだ。それに、ヘラジカの角の彫刻! 村に腕のいい彫刻師がいてな、オリリエのためにきれいなもんを作ってくれた。俺はいつもあいつのところに、川魚を持っていってやったからな」
「そうでしたか。とても良き庶民の暮らしぶりですね」
アントニーは、微笑んでみせた。その声音には、どこかうらやましげな響きがある。ウィルトンは敏感にそれを感じ取った。
「お前のおかげでもある。四百年間、お前がデネブルの手下どもを退治してくれなかったら、俺たちはもっと辛い生活をしていたはずだ。お前の存在は、俺たちの心の支えだったんだ。この四百年間ずっとな」
「そうでしたか。私の罪の償いが出来ていたのなら幸いです」
「アントニー、そんな言い方はするなよ!」
若干の険悪さを含んだウィルトンの物言いに、ブルーリアは急いで口を出す。
「ねえ、この呪われた地を解放してくれたら、アントニー、あなたを許すわ。私だけでなく仲間たちもよ。過去は忘れて受け入れるわ。地上の人たちがどうするかは分からない。けれど私たちはそうするのよ」
アントニーは表情を和らげた。ブルーリアに問う。気になっていた事だが、これまで尋ねはしなかった事だ。
「そう言えば、貴女以外の妖精には会いませんね。他の妖精たちは、何処にいるのですか?」
「みんな、木の中に姿を隠しているわ。元々私たちは、そうした存在なの。成長した木に宿る妖精なの。木の精だと、人間には呼ばれていたこともあるわね」
「木の精。貴女もそうなのですね?」
ブルーリアはふふと笑う。妖しく艶めかしい微笑み。
「ええ。私はサイアドルの木の精よ。サイアドルは、黒くてきれいな花を咲かせる、常緑の木なのよ」
「はい、サイアドル。それは珍しい木ですね」
「ええ、私は特別に珍しいの」
「サイアドルの木には魔力が宿り、魔術師にとっても良き杖の材料となります。だから、あなたの魔法の力は強いのでしょうね」
ブルーリアはうなずいた。
「 ええ、私と同じ仲間は人間に切り倒されてしまった者も多いの。もちろん、そんな人間ばかりではないわ。枝の一つだけを、丁寧に礼を言い、儀式を行って切り取っただけの人間も多いわ。私も小枝をあげたことがあるわ。暗黒の神ダクソスによって、呪われた地下世界に追いやられるまでの出来事よ」
「その頃から人間はいて、魔術を使っていたんだな」
「ええ、ごくごく一部の、限られた人間だけがね。今でも使える人は少ないけれど、昔はもっと少なかったの」
一行は、左右の分かれ道にたどり着いた。
「どうする? 何か音でも聞こえるか」
「 そうですね、右の方から、何か足音のようなものが聞こえます」
「足音? 何かいるのか」
それはアントニーだけでなく、ブルーリアへの問い掛けでもあった。
「私たちの敵が、彼から肉体を奪ったあいつが、鎧を守る何かを置いたらしいわ。けれどくわしくは私も知らないのよ」
「何かって、魔法の何かなのか?」
「ええ、たぶん」
呪われた妖精は、答える。はっきりとは断定出来ないらしい。
「じゃあ、その何かが鎧を守っているのなら、その足音がその守っている奴のものだとしたら、鎧は足音が聞こえる右に行った先にありそうだよな?」
「そういうことになりますね」
アントニーは杖をかまえ直した。
「よし、それならさっそく右に行こう」
ウィルトンは右の通路に足を向けた。
「こちらは東に向かう通路ですね」
「そうか、入り口から真っ直ぐに来た通路は北に伸びていたんだな。俺たちは北に来ていたんだ」
「ええ、そうです」
「ねえ、先に左に、西に行きましょう」
唐突なブルーリアの提案にウィルトンは、
「何かわけがあるのか?」
と尋ねる。
「何となくよ。私の勘なの。信じてくれるかしら? 私の直感を」
ウィルトンは笑ってみせた。安心させるように。
「ああ、妖精には、人間にもヴァンパイアにもない直感があるんだろう?」
「ええ。でも本来は、人間も持っているはずの力なの。魔術の力と引き換えに、それは失われたわ」
「俺は魔術なんて使えないぞ」
「人間の世界に、魔術が入り込んでから、魔術的なものは人間たちを支配したの。あなたたちは、魔術によって全てを支配出来ると考えた。でも反対に、自分たちも支配されたのよ」
「全てを支配? さすがにそんなことは考えませんよ。でも、そんな危険な野望を持つ魔術師もいるでしょうね」
「アントニー、あなたを危険とは思わない。けれど多かれ少なかれ、自然界を支配したい、制御したいと思う気持ちが魔術を支えているわ。それは事実ではないかしら? でも直感は、支配したい、制御したいと思う気持ちを手放さなければならないの」
「それは神々への信仰とは違うのですね」
「違うわ。私たちは神や女神に帰依はしないの。いえ、できないと言ったほうがいいかしらね」
ブルーリアは言い終えると、青い髪をなびかせて素早く西に向かう通路を進んで行った。ウィルトンは急いで後を追い、横に並んだ。
後ろからはアントニーが続く。
通路は、大人三人が並んで歩けるほどの幅がある。何かあった時に動きやすいように、二人が並び、後を一人がついて行く形にした。
続く
いいなと思ったら応援しよう!
