ウィルトンズサーガ【厳然たる事実に立ち向かえ】第3作目『深夜の慟哭』第42話
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「ロランはどうしたいですか?」
アントニーは少年の姿をした人形に話し掛ける。いや、人形の姿をした少年と言うべきか。ロランが人形の身体に魂を入れられたのはデネブルのせいだが、元の人形の持ち主について、ウィルトンはまだ何も聞いていなかった。
いつか話してくれるのを待とう。そう思う。
「人間の姿になりたいです。できれば……大人の姿に。アントニー様のお役に立てるようにしてくれるのですか?」
ロランは主(あるじ)に答えた。後半はブルーリアへの問いだ。
「もちろんよ」
「くわしく話してくれ」
ウィルトンは横から口を出した。とにかく話を聞いてみなくては判断のしようもない。ブルーリアは、どんな人間の体を、どんな奴から奪い返せと言うのだろうか。
「いいわよ。昔、呪われた妖精が地上に行き、そこで人間の青年と恋に落ちたの。でも私たちは地上でずっと暮らせはしない体なの。危険を承知で人間の方から地下世界に降りてきたわ。だけど二人の幸せな暮らしは長くは続かなかったの」
「ここにいる悪者が、その人間の青年から肉体を奪ったんだな?」
だが何のために? ウィルトンは首を傾(かし)げる。
「彼も人間になりたかったから。人間と恋に落ちた妖精と同じように、呪われた地下世界を離れて地上で暮らしたかったの」
「その悪者ってのは、あんたと同じ呪われた妖精なのか?」
「ええ、肉体を奪う前はね」
「今は? 人間になって地上にいるのか?」
ブルーリアはそっと淡いため息をついた。彼女は地上の方を見上げた。深みのある豊かで艶めいた髪が揺れる。髪は優雅に波打って、腰まで届く長さとなって流れている。白い布を体に巻きつけた衣装は、黒い肌のなめらかさをより引き立てていた。
「いるわよ、この地下世界にね」
「地上に行かなかったのか。そいつは人間になって、この呪われた地下世界を離れたかったんだろう? 何故だ?」
「私が彼を、地上に行けないようにしたからなの」
再度、何故と問おうとして、ウィルトンは口をつぐんだ。何故なのかは言われずとも分かる気がした。
「ああ、私は今でも覚えているわ」
ブルーリアは遠くを見る目になる。 それ以上は何も言わない。ウィルトンもアントニーも、そしてロランも、ただ黙って彼女を見つめていた。
「あの、僕が本当に、その人の体をもらってかまわないんですか?」
ブルーリアは、人形の姿をした少年に微笑みかけた。いや、彼もすでに少年とは言えないだけの年月を重ねてきたのだ。体は成長せず、子どもじみた人形の体に閉じ込められたままで。それもこれも、全てはデネブルのせいである。
「いいのよ」
妖精はそれだけを告げた。
「そいつは何処にいる?」
「この先に。あの呪われた大きな犬が、やって来た方向にいるわ」
ウィルトンは、アントニーと顔を見合わせた。次にロランを見る。皆の心は決まっていた。
「よし、行こう。案内してくれ、ブルーリア」
ブルーリアは今度はウィルトンに微笑み掛け、それから先に立って歩き出した。アントニーはまた少年従者を背負い袋に詰め込み、後からついて行く。
ロランは首から上を背負い袋から出している。アントニーの忠実な従者であるロランに、恐れの色はない。
大したものだ、とウィルトンは思った。アントニーと並んで歩きながらそう思った。何だかんだと、ロランも四百年をアントニーと共に生きてきたのだ。可愛い少年の姿の人形の中身は、もはやただの庶民の少年ではないのだ。
「なあ、お前は人間の体を手に入れたら、どうしたい?」
「人間の体を手に入れても、僕はずっとアントニー様の従者でありたい」
「ありがとう、ロラン。でもお前にはこれまでも私に仕えてもらった。違う生き方をしてもかまわないのだよ」
「いいえ、アントニー様。僕は決しておそばを離れません」
少年人形の姿をした従者は、それだけしか言わない。それ以上の言葉は、この主従には必要ないのだ。
「いいな、ロラン。何となく、羨(うらや)ましい気もするな」
「羨ましい? ウィルトン、さすがにその言い方はどうかと思いますよ。ロランは貴族でもないのに、言わば巻き込まれた形で、私と共に四百年を生きる羽目になったのです。それでもあなたは羨ましいですか?」
ああ、それでも羨ましい。そう言いたかった。だが止めておいた。ロランの苦しみは誰にも分からない。
「すまん」
ここは素直に謝る。例によって、調子に乗り過ぎたようだ。軽口を叩くのも、ほどほどにしておこうと思う。
「悪かった、ロラン。お前の気持ちを分からないような男ではいたくない。デネブルが呪いを掛けてその姿にしたんだ。もちろんお前には、実に苦しい四百年だっただろう」
「いいんですよ、お気遣いなく。僕はアントニー様のそばにいられて幸せでした。それはもちろん、 辛いこともありましたし、人間の姿に戻りたいと思ったことも何度もあります」
ロランはじっと、黒ボタンの目でウィルトンを見つめていた。その眼差しには、微笑みが浮かんでいるように感じられた。
「でも僕は決して過去を後悔はしないんです。デネブルのことは、あなたと同じく許せないと思っています。でも同時に、アントニー様とこうして四百年を過ごせたこと、それは良かったと思っているんです」
ロランはここで言い止めた。
ウィルトンはうなずいた。うなずくだけで何も言わなかった。ただ右手を上げて、軽くロランの頭をなでてやった。
続く
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