『ケルト神話〜女神と英雄と妖精と』より『地下から来た神々』と他1篇の感想
この本は、ちくま文庫から出ています。著者は井村君江さん。ケルト神話やケルトの妖精・英雄伝説に関心のある者なら名前を見たことがあるであろう、その筋では有名な方が書かれた本です。
文庫版は1990年に、元のハードカバーは1983年に出たロングセラーです。
私が買ったのは2019年出版で、すでに文庫版だけで30版を重ねています。
『地下から来た神々』は、神話をそのまま物語として書くというよりは、ケルト神話の成り立ちについて、学術的に説明されたものです。
ケルト神話の特徴として、天地創造の神話が無いのが挙げられています。元からなかったのか、今に伝わっていないのか、ケルト民族のドルイドたちが語るのを禁じていたのか。諸説ありますが、本当のところは分からないようです。
それでも神々がどこからやってきたのかは残っています。地下世界から地上に来て、地上を支配するようになったと伝えられていたのです。
人間もまた地下の冥府の神が支配する世界から来て、やがてまた死んで地下世界へ戻ってゆくと考えられていたようです。そこには、生と死が円環となってめぐる様子が語られているのです。
地下世界や死を、忌まわしいものとは捉えていなかったケルト民族の死生観が興味深いものでした。
逆に海は不吉なものというイメージだったらしく、海底深くには、怪物が棲んでいると信じられていたようです。何となくクトゥルフ神話を連想しました。
また、アイルランドに伝わる神話では、その地には五つの種族が順番に海の彼方からやって来て暮らしていたが、先に来た種族は、後から来た種族に追いやられてしまったとあります。
この辺りはある程度現実の人間の歴史を反映してもいるのでしょう。
『地下から来た神々』の次の『国造りを見た男トァンの話』では、その五つの種族の栄枯盛衰を何百年にも渡って全て見届けたトァンなる半神の話が語られます。
トァンは年老いてから鹿に生まれ変わり、それもまた老いると次は猪となり、最後には鮭となって高貴な女性に食べられ、その女性の息子として生まれてくるところで終わりです。
死生観は独特で、円環状に生と死はめぐるという捉え方が端的に表れていると思いました。
それに、動物と人間が、割と平等な扱いなのですね。ギリシャ・ローマ神話とも、日本の神話とも違う世界観が垣間見えます。
ケルト神話は欧米のファンタジー作家にも人気があり、多くの古典的なファンタジーが、ケルト神話を下敷きに描かれたと聞いたことがあります。
キリスト教以前の、そしてギリシャ・ローマ文化以前の、ヨーロッパの源流を探る精神的運動だったのでしょうか。
現代日本の発想とは大きく違う部分があり、とても面白かったです。
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