【厳然たる事実に立ち向かえ】ウィルトンズサーガ第3作目『深夜の慟哭』第36話

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 鋭く、蒼白い稲妻が、白い骨の杖の先から三本走る。呪われた野犬に向かって。三本はそれぞれ犬の頭部に当たる。難なく敵を倒すことが出来た。

 黒い野犬の死体が、青灰色の岩の上に転がる。息絶えて、もう身動きしない。

 三つ頭に六本の尾の犬は、その黒い巨体で迫りくる。ゆっくりと、ではないが、それほど速く走ってもいない。今はウィルトンの目にもはっきりと、開いた口の牙まで見える。

 真ん中の犬の頭が、いっそう大きく口を開ける。炎だ。炎が吐かれる。ウィルトンは身構えた。

 水の膜は炎を防いでくれた。それでも焼け付くような熱は感じられる。沸騰したりはしなかった。ブルーリアの魔法による水の守りは確かだった。

 魔法は魔術とは異なる。魔術は、体系として整理され学習と訓練により身に着く。

 魔法は直感と感覚により紡がれる技だ。持って生まれた素質の面が大きく、妖精たちは人間よりも素質に恵まれている。

 魔術にも生まれつきの才能は影響するが、それはどんな技術の習得にも、ある程度なら言えることだ。

 ウィルトンはブルーリアを見た。ウィルトンの左側に立ち、落ち着いた態度だ。きっと巨大な犬の襲撃にも慣れているのだろう。そう、思った。

 ブルーリアは水の膜を張り直す。一枚の膜が三つ頭に向かってゆき、包み込んだ。巨犬は立ち止まり、もがく。苦しそうでないが、動きを妨げられている。

 魔法は、その時々のゆらぎが大きい。それでも力のある魔法使いなら、ほぼ安定して技を使えるはずなのだ。

 動きが鈍ったこの機会を逃しはしない。立て続けに光の刃を叩き込む。アントニーも『冷気』を骨の杖の先から吹きかける。

 ブルーリア、頼んだ。必ず地下世界の呪いは解く。きっと俺たちには出来る。ウィルトンは内心を口にはしなかった。それどころではない。

 巨犬はついに水の膜を破ってきた。破られたとたん、水の膜は蒸発して消えた。巨大な犬の周りの空気は、鍛冶屋の炉の空気のようだ。

 ウィルトンは後ずさる。素早く、熱気が薄れる位置まで。再び光の刃を放つ。

 アントニーとブルーリアは、巨大な三つ頭の犬の両側に立っている。ウィルトンから見てアントニーは右に、ブルーリアは左にいる。

 こいつは手強い。ウィルトンはそう思った。考えてみればテネブルには驕慢による油断があった。

「だが、こいつにはない」

 のどの奥からうなり声を上げている。低く地を這(は)うような不気味な響きだ。

 犬はウィルトンに飛び掛かる。アントニーは横合いから盟友と犬の間に『冷気』を放つ。本来は攻撃のための魔術だ。今は、三つ頭の熱気と混じり合って程(ほど)よく涼しくなった。

「助かった」

 ウィルトンはさらに後方に跳ぶ。跳びながら光の刃を巨犬の足元に向けて飛ばす。犬も後ろに跳んだ。跳んでかわした。両者の間が広がった。熱気は遠ざかる。

 それでも暑い。遠い南の国の夏のような暑さだ。その夏をウィルトンは知らない。話に聞いたり本で読んだりしただけだった。

 三つ頭の周囲がゆらめく。熱気で空気がゆらめいているのだ。とても接近して槍で刺せそうにはない。

 シェザード家に先祖代々伝わった槍はウィルトンの足の長さほどで、身長の倍以上もある長槍ではない。

 アントニーはさらに『冷気』を巨犬にぶつける。熱と炎なら、冷気には弱いのかも知れない。そう考えてのことだろう。

 残念ながらそうはならなかった。

 巨犬は『冷気』に耐えた。ブルーリアが絡みつかせた水の膜はとうに蒸発している。それでも巨犬の動きを止めることは出来た。

「ブルーリア、もう一度水の膜を! アントニー、その上から『冷気』を放て!」

 ウィルトンは叫ぶ。叫びながら光の刃を撃ち、熱と炎にやられないように遠ざかる。

 二人は言う通りにしてくれた。心の臓の鼓動は速い。それが二十を数える間、三つ頭の巨体は動きを止めた。

 氷の膜に捕らわれている。ウィルトンは思い切って近づく。槍を開いた口の中に突き入れた。真ん中の犬の頭の口に。

 三つ頭はもがく。六本の尾もびくびくと震(ふる)えている。

 アントニーも側にやってきた。先祖の骨で出来た杖の先を、氷の膜越しに巨犬に押し当てる。

「天の雷光よ、敵を撃て」

 至近から、『雷光』を打ち込んだ。巨犬の体がぐらりとよろめく。

 だがまだ終わりではなかった。

 巨犬は氷の膜を砕いた。再度、熱気があたりを満たしてゆく。ウィルトンもアントニーも犬から離れる。今度は二人並んで、三つ頭の側面に回る。ブルーリアがいる位置だ。

「二人とも、もう一度だ!」

 もう一度、氷の膜で捕まえようとした

 そうはいかなかった。巨体の三つ頭の犬は、横っ飛びに跳んだ。ウィルトンたち三人のいるのとは反対側に。

 三つの頭部から炎が吐き出された。三人は炎に包まれる。ブルーリアは水の膜で三人を覆う。

「くそ、熱い!」

 全身に火傷を負っている。しびれるような痛みが皮膚に走る。

 ブルーリアの歌うような詠唱が流れる。癒やしの心地よさが流れ込んできた。と、同時に巨犬はまたしても炎を吐こうとしている。

 アントニーは『冷気』を放つ。炎と相殺された。それが彼の狙いだ。

 巨犬は後ろに下がった。ブルーリアは水の膜で防護の膜を張る。

 巨犬は弱った様子を見せなかった。

続く

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片桐 秋
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