ウィルトンズサーガ【厳然たる事実に立ち向かえ】第3作目『深夜の慟哭』第58話
「あの墓は、暗黒神の配下と戦って倒れた妖精だけでなく、他の妖精たちも葬られているのか?」
「いいえ。妖精郷があった頃、この近くにいた者たちだけよ。墓はあちらこちらにあるわ。こんな風に、中が広々とした洞くつに造るの」
ブルーリアは深いため息をついた。嘆きに近い色合いを帯びたため息だった。
「ここは……すでに見捨てられた墓場だわ。あいつが悪さをするから、誰もここに寄り付かなくなったのだと思うの」
「あいつって、この銀の鎧の持ち主だった人間の青年を殺した奴だよな?」
「ええ、そうよ」
ウィルトンはそっとうなずいた。ブルーリアの心を慰めるように。
だが多くは語らない。
「さあ、行くか。奴がいる場所へ」
と、その時。
「その必要はないよ。僕の方から来てあげた」
ウィルトンは、あわてて声のする方向へ向き直った。
妖精、ブルーリアと同じく肌が闇のように黒いが、目は赤い。まずは美男と言ってよい姿に見えた。
同時に、凶々しい雰囲気を感じさせられもした。赤い目を見つめると、奈落の底の煮え立つ溶岩を見つめている気になる。
「さあ、どうした? かかってこい。良い仲間を連れてきたな、ブルーリア。それでも、僕に勝てると思うなら大間違いだ」
言い終わらぬうちに、アントニーは先んじて〈雷光〉を放つ。雷の音と稲妻の光が横向きに、敵の妖精に向かって走る。
それは霧散して消えた。
「地上の英雄よ。その程度だとはな」
敵の妖精は鼻で笑った。
「我が名はレドニスだ。死出の旅路に、覚えておくがいい」
地上の英雄よ? こいつは俺達の事を知っているのか。
ウィルトンは気になったが、今はそんな事を確認している場合でもない。
「では、僕からのお返しだ」
レドニスはブルーリアと同じく、月も星もない闇夜のように黒い肌であり、目の色だけは赤々としている。その赤い目がウィルトンをじっと見つめる。
間髪入れずに、ウィルトンは槍の穂先から光の刃を放つ。
レドニスと名乗った妖精の男は、その姿を霞(かす)ませた。すぐに見えなくなる。声だけは聞こえる。
ウィルトンは、声のする方へ光の刃を放つ。
ブルーリアは、ふわふわとした雲のようなものを周囲に広げた。それは敵を取り囲んだ。
「はは、何の真似だ。君が僕に敵わないのは、もう知っているはずじゃないか」
声は嘲笑した。
「だからこそブルーリア、お前は今まで待っていた。だからこそ、そいつ等を、地上の英雄たちを連れてきたんだろう?」
「ええ、そうよ。でも頼り切りにはならないの。私も再びあなたと戦うのよ。そして、今度こそは私は逃げないわ」
「逃げたっていいんだぞ、ブルーリア。お前は美しい。その二人も許してくれる」
「それでは、私が私を許せない」
ブルーリアは告げた。ウィルトンが初めて聞く、厳かな響きの声だった。
レドニスは片手を一閃した。閃(ひらめ)きが走る。その瞬間、腕だけが見えたのだ。腕が光るのが見えた。
ウィルトンは、それを見逃しはしなかった。光の刃を放つ。それはレドニスに当たらずに四散した。ブルーリアの雲も消えた。
「無駄だよ」
敵の、冷たくも嘲弄を含んだ声だけが聞こえる。
アントニーは、声に油断を感じ取った。その声で、敵がどこにいるかを感知出来ない彼ではなかった。
先祖の、強力な魔術師であり貴族であった者の骨から作られた杖から、〈冷気〉を放つ。
それは杖から放たれていながら、離れたところで効果を発揮する。声のした場所に、敵がいるはずの位置に。
「凍れ。しばしの間でいい。動きを止めろ」
アントニーは、そう念じる。
声も気配も、その位置から消えた。次の瞬間、アントニーは背後から強打を受けた。
「無駄だと言ったはずだ」
古王国貴族の生き残りの青年も、それ以上は後(おく)れを取らなかった。
円の半分だけ回転して、後方に向き直る。敵はレドニスひとりだ。前方には何もいない。
「〈盾〉よ」
淡い水色の、半透明の盾が現れた。縦長の長方形の板状の物だ。アントニーの立つ前面を覆った。
守りを固めてから、一息だけつく。わずかの間、背中の痛みにようやくはっきりと気がついた。重い、鈍い痛みが走る。
「アントニー!」
ブルーリアが魔法を掛けてくれた。痛みが引いてゆく。火傷に冷水を掛けられたように、心地良くしみ入る。
「助かりました」
深みのある青の髪の妖精の美しい女は、アントニーからもウィルトンからも離れた、側面の位置に回っていた。
魔法は充分に届く位置に。
「貴方には、頑張ってもらわなくてはならないの」
それは私情・私欲に過ぎないと、そう言う事も出来た。だが、アントニーはそうは言わない。
「ええ、私は自分の意志でこの地下世界に来たのですから」
次の瞬間、敵であるレドニスが高く飛んだのを見た。アントニーは、骨で出来た白い杖を上方に向ける。
ウィルトンは、アントニーとレドニスが対面する、その側面に回っていた。
ブルーリアがいるのとは反対側だ。彼女を無防備にしてしまうが、むしろ注意をこちらに引き付けた方が良いと考えたのだ。
アントニーは再び〈冷気〉を放つ。
「水膜を!」
ブルーリアに向かって叫ぶ。三つ頭の巨大な魔犬と戦った時の作戦を、もう一度ここで使おうと言うのだった。
ブルーリアは意図を察してくれたようだ。水の膜がレドニスの周りに広がる。
「動きを封じる」
アントニーのつぶやきは誰にも聞こえなかった。
続く