ウィルトンズサーガ3作目『深夜の慟哭』第66話
ブルーリアは遊雅な舞を舞い続ける。同時に、黄金色の光を放つ魔法を使っているのだ。疲れてしまうのではないかとウィルトンもロランも案じた。アントニーだけは静かに見守っている。
黒い肌と淡い青の髪の妖精は、もしも答えられるなら「大丈夫よ」と伝えたことだろう。だが今は舞に意識を集中させねばならなかった。彼女は何も答えず、何も言わずに舞い続けた。
半刻のさらに半分の時間を舞ううちに、ブルーリアの全身からも、品のある黄金色の光があふれ始めた。その姿は、神々しいまでに美しかった。
ウィルトンは、そのゆるやかな動きの優雅な舞を見るうちに、だんだんと眠りを誘われてきた。見ればロランも眠っているようである。アントニーだけは瞬きもせずに、魔法円の中を見つめ続けていた。
ウィルトンは眠ってしまっていたようだと気がついた。気がついた時には、魔法円は消えていた。ロランの人形の体も消えていた。目の前に立つのは、金色の髪の、凛々しく清々しい印象の若者だった。
「ロラン、なのか?」
驚嘆を顔中にみなぎらせて、槍使いの戦士は尋ねた。ブルーリアを信じていたし、それがロランであると分かってはいるが訊いてみずにはいられなかった。
「そうですよ、ウィルトン様。僕はアーシェル様の弟君、エーシェル様のお体を頂いたのです」
「おお、すげえぞ……」
ウィルトンは立ち上がり、ロランと向き合った。その目に驚きと喜びがあふれていた。
「おお、素晴らしい! なんてこった! ブルーリア、ありがとうありがとう」
「お礼はすでに、アントニーからもロランからも充分に聞いたわ」
「ありがとう」
それでもさらに言った。言わずにはいられなかったからだ。
「ありがとうございます」
アントニーも、そう言って深々と頭を下げた。
「いいのよ。私にとっても、彼にとっても、いいのよ」
彼にとっても。アントニーは、心の中でブルーリアの言葉を繰り返した。
「彼にとっても、ですね。亡きエーシェル殿が、そしてアーシェル殿も、そう思ってくださるのでしょう」
「そうよ。間違いないわ」
ブルーリアは、そっと微笑んだ。どこか遠くを見るようなまなざしだった。
「アントニー様、これからはもっとお役に立てるのですよ!」
「ありがとう、ロラン。でも、お前はこれまでも、充分に役に立ってくれたよ」
「ありがとうございます!」
ロランは満面の笑みを、己の主に見せた。
「さあ、しばらく休んだら、また前に進もう」
ウィルトンは言った。朗らかな笑顔で、何の心配もしていないかのようだった。
「妖精たちの、暗黒神への恨みを解かなくてはならないのですね」
アントニーはそっとブルーリアを見た。自分への恨みではないのが救いだと思えた。
「ねえ、それが私たちを説得して周ることだと思っているの?」
「違うのでしょうか?」
「俺は違うと思うな。俺たちの言う事を聞いてくれるとは思えん。まだ他に、やらなきゃいけないことがあるんだ。ブルーリアの仇を倒したように、妖精たちの信頼を得るためにしなくてはならない事が」
アントニーはうなずく。
「そうですね。けれど、まだ他に倒さなければならない敵がいるのでしょうか?」
「残念ながら、いるわ」
ブルーリアはため息をついた。深い嘆きが表れている。
「レドニスのような妖精は、他にもいるもの」
「なるほど、そうでしょうね。恨みに取り憑かれた妖精は未だいる。それは不自然なことではない。貴女には、悲しいことでしょうが」
アントニーは落ち着いた態度を見せていた。もう気分は安定し、過去の想いで心を痛める様子はない。
「仕方がないわ。妖精も、皆が善良ではないもの。過去に暗黒神や人間にされた事は忘れられない。だけど今となっては、妖精にもいろいろいるの。皆が私の説得を、聞いてはくれないのよ」
「レドニスにしたように、戦わねばなりませんか?」
レドニスにしたように、戦うのか?
ブルーリアは答えない。今すぐ明確には答えられないだろう。それは無理もないのだ。
不意に周囲がぼやけた。陽炎なるものを、アントニーは本でのみ見たことがある。遠い南の砂漠地帯には、そのようなものが見えると聞く。
今、涼やかなこの地下世界に、陽炎が揺らめいた。
アントニーの周囲が、陽炎の揺らめきで覆われた。
ブルーリアの姿も、ウィルトンの姿も見えなくなってゆく。ロランの姿だけは近くに見えた。
「ロラン、他の二人は?」
「アントニー様、お二人のお姿が見えません」
「お前にも見えないのか」
かつて地上の領土の領主であり、青年貴族であったヴァンパイアは、先祖の骨で出来た白い杖を掲げた。太陽のような光を周囲に投げ掛ける。
明るくなった。まぶしいほどに。
だが、ウィルトンとブルーリアの姿は見えなかった。
続く
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