【ハイファンタジー小説】アッシェル・ホーンの冒険・第五話【人の心の闇に勝る、『魔王』は存在しない】
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ヒルマンの続く言葉を聞いてはいけないような気がした。と、言うより、聞きたくなかった。聞けば明らかに敵対せねばならぬ。だから聞きたくなかった。
しかし、聞かないわけにはいかない。耳をふさいでも語りかけてくるだろう。逃げ去るわけにもいかない。アッシェルは、エミリのことを思った。
「〈竜門〉が発見されたのだ。〈法の国〉時代の遺跡だぞ。行かん理由があるか!」
「我々だけで、ですか?」
〈竜門〉がある場所は、〈法の国〉の支都があった場所だ。
支都。それは〈法の国〉の主都からの伝令を受け取り、広大な帝国の隅々まで法と秩序が行き渡るようにした制度だ。
その伝達と伝達された内容の実行が行き届かなくなり、〈法の国〉は滅びた、とされている。
「伝書鳩で知らせただろう?」
「はい、手紙は読みましたよ。だからここに来ました」
「〈竜門〉に入ろうとは思わなかったのか?」
「思いませんね。そこに何があるかも分からないのに」
「分からないから行くんだろうが」
「何が目当てなのですか?」
「それは俺の口から言うより、お前自身の目で見たほうがいいだろう」
「何を見ろと?」
「広場へ出てみろ。そうすれば分かる」
アッシェルは村の広場に出た。ヒルマンの家からは少し離れている。道沿いに歩き、たどり着く。ここでは秋になれば収穫の祭りが行われ、村人は豊穣の女神マシェルダに感謝を捧げる。
この村にはマシェルダの神官もいるが、ネフィアル女神やジュリアン神には力の強さで及ばぬゆえに、どちらにも隔意を抱いているとアッシェルは聞いていた。
広場には一人の男が立っていた。もう若者とは言えないが、壮年と呼ばれる歳にはまだ早い。三十を二、三超えたくらいに見えた。
男は黒のなめし革の上下を着ていた。生成りや明るめの褐色の木綿の服が多い村ではひときわ目立つ出で立ちだった。
男はアッシェルに近づいてきた。かしゃりかしゃりとわずかな音を立てる。なめし革の下には、鎖帷子(くさり かたびら)を着込んでいるのだろう。これまた村では見ない武装ぶりである。腰には戦斧を下げている。人によっては男が持つであろう戦士としての力に恐れを感じるだろう。
「一攫千金を目指して、〈竜門〉に行こうと思ってな。高位の神官が一緒にいりゃ心強い。一緒に行ってくれないか?」
アッシェルは男を仔細に眺めた。男は一見、人の良さそうな態度を示してはいたが、その目つきには隠しきれない鋭さがある。
「断る」
「ずいぶんつれないんだな。少しは考えてくれてもいいだろう?」
「私は同じ目的や、ネフィアル女神への最低限の敬意を持てない者とは組めない」
「へえ? 俺はそのどちらも持っているぜ?」
「お前から感じるものは、尊敬でも信頼でもない。ただの欲望だ。〈竜門〉に眠る財宝が欲しい。それだけなのだろう?」
「確かに財宝は欲しいが、悪いことには使わねえぜ」
男は肩をすくめた。
「確かにお前は悪い人間ではないようだ。だが信頼して背中を預ける気にはなれないな。悪いが他をあたってくれ」
アッシェルは辺りを見渡した。他にも同じような見慣れぬ風体の者たちが集まってきている。以前、この村に来たときには見なかった顔ぶれだ。
「なるほどな。このよそ者たちを追い払いたい。よそ者に、この村の近くで見つかった遺跡に入ってほしくない。こうだな」
『高貴なる者の責務』を背負わぬ平民であるにも関わらず、様々な理由で魔物と戦う荒事師にもいろいろいる。仮に悪い人間ではないにしても、村の暗黙の決まりを守らず、いささかの騒ぎを起こすかも知れない。
数日後、二人は〈竜門〉にいた。
「なるほど、ここが新たに見つかった遺跡なのですね」
「丘巨人の集落を見つけたときに、一緒にここも見つけた」
ここは〈ニンフの乳房〉の丘の間にある中腹だ。先ほどの戦いの跡がまだ残っている。緑に覆われた丘だが、岩石がむき出しになっている場所もある。そこに二人は立っていた。岩石の折り重なる中に、暗い穴が見えた。
「まだこの場所を奴らは知らん」
『奴ら』が誰を指すのかは明白だった。
「良い物が見つかるといいですが」
冗談めかして言ってみる。
「この穴の中の奥まではまだ誰も入ってはおらん。先に行った者が、入り口近くの地図を描いてくれた」
「何か見つかったのですか?」
「かつての支都は地下に作られていたとだけだ。他は分からん」
「そうですか、ここは〈法の国〉の支都の入り口というわけですね」
「そうだ。これまで何もなかった。おそらく、さほど危険なモノは何もないだろう」
「危険と分かればすぐに引き返しましょう。その時には、領主に助けを求めなければ」
若いアッシェルも保守的で、荒事師よりも貴族の責務を信頼しているのだった。
二人は中に入っていった。
続く