ウィルトンズサーガ【厳然たる事実に立ち向かえ】第3作目『深夜の慟哭』第60話
ブルーリアの決意は揺るぎないように見えた。あるいは、復讐の意志、なのだろうか。
ここでアントニーは、深い失望を感じた。ブルーリアに対しての失望ではない。自分がどうしようとも、レドニスとは戦うしかないのだと悟ったからである。
「古王国の時代の私のせいではあるけれど、でもレドニス、あなたはすでに仲間の妖精からの信望をさえも失っている」
アントニーは深いため息をついた。レドニスはおびただしい血を流しながら、にらみつけている。
「私のした事は許される事ではないけれど、あなたとは戦うしかない」
「はは、人間の味方である貴様も含めて、お前たちにとってデネブルが都合の良い存在だった時は無条件に従い、都合が悪くなれば悪として討つ。それだけの話でしかないのだろう?」
違うとアントニーは言いたかった。だが言えなかった。
「あなたを討つわ。決して許しはしない」
「僕もお前が許せない。裏切り者の女」
「私は裏切ってなどいないわ。彼と私が、この地下世界に、妖精たちに何をしたと言うの。むしろ彼は私たちを助けようと……」
「黙れ!」
レドニスは、またしても衝撃波を放った。ウィルトンは横っ飛びに跳んだ。衝撃波は強く鋭いが、範囲はそこまで広くはない。それが分かってきた。
惑わされるな。侮るな。敵の力を過大にも過小にも見てはならない。あるがままに見るのだ。ウィルトンは自分に言い聞かせる。
槍をかまえる。先祖から代々伝わった槍だ。穂先から放たれる光の刃は今は役に立たない。だが、この槍はそれだけの武器ではない。
「喰らえ」
デネブルの時とは異なり、憎しみも怒りもなかった。ブルーリアは感じているはずの、それらの感情はない。
それでも俺はやる。ウィルトンは決意を固めていた。憎しみに囚われなくても、怒りで目がくらんでいなくても、それでもやらなくてはならない時がある。
瞬時のうちにそう判断すると、レドニスの側面に回り込んだ。
衝撃波をかわして横っ飛びに飛んでから、ごくわずかの間。レドニスがまだ衝撃波を撃った方向を見ているうちに、側面に回り込んだ。
敵の動きが前より鈍い。怪我のせいだろう。そう考えながら、容赦なく横腹を槍で突く。
「うぐ……」
レドニスは明らかにうろたえ、よろめいた。
「降伏しろ、と私が言っても聞かないでしょうね」
「アントニーとやら、貴様らなど信用できない。人間も、ヴァンパイアも、僕は信じない」
アントニーは前に進み出た。手には銀の短剣が握られている。銀色ではなく文字通りの銀製で、古王国の時代からの魔力が秘められていた。
レドニスはウィルトンからの、さらなる攻撃を避けられていなかった。片膝を着いてうなだれる。
「とどめは私が」
冷たいとも言えるような声で、アントニーは言った。盟友であるウィルトンにか、それとも敵であるレドニスにか。
「古王国の貴族の生き残り。まさか貴様がここにやって来るとはな」
「私を知っているのか」
ためらうべきではないと知りつつ、当の古王国貴族の生き残りは、動きを止めてしまった。
ブルーリアが二人の英雄に守りの膜を張ってくれた。水膜であり、暑さだけでなく、他の打撃にも耐えられる。
「早くとどめを!」
彼女は叫んだ。
そうだ、とどめを刺さなくては。
アントニーは気を取り直した。
レドニスは立ち上がって、ウィルトンから離れた位置に跳んでいた。アントニーからは、やや近い位置だ。
「お前の事は知っているよ、いや、覚えているよ、アントニー・フェルデス・ブランバッシュ。古王国貴族の中でもとりわけ優秀で志高く、気高く……そう人間どもにとっては。デネブルやその同盟者どもにとっては!」
だが、僕たちには違っていた、と。それがレドニスの言わんとする意味だ。
ウィルトンは、今度は背後から迫る。レドニスは振り返らすに衝撃波を背後に放った。ウィルトンは後ろ向きに飛ばされた。
「くそっ! 頼む、アントニー、やってくれ」
アントニーは走り寄る。ブルーリアはさらに守りの魔法を掛ける。
敵への攻撃の魔法や魔術は利かずとも、味方側に掛けた守りの魔法は効くだろうと、アントニーもブルーリアも考えていた。
それを確かめる術(すべ)はなかった。次には、アントニーの銀製の短剣がレドニスの喉を刺し貫いたからだ。
敵は、再びの衝撃波を放つことはなかった。
ぐぼっと、嫌な音を立てて、レドニスの喉が鳴る。彼の顔に、微苦笑が浮かぶ。
「はは、ブルーリア、君が再度やってくるとは思わなかったよ。しかもかつての敵を連れて」
「この人は、もう私の敵ではないの」
ブルーリアの目には涙が流れていた。何を思うゆえの涙なのか、ここにいる他の誰にも正確には分からない。
「だが僕は、君の敵として死ぬ」
レドニスは倒れた。二度とは起き上がってこなかった。
続く