英雄の魔剣 12
「あなたがなぜここに倒れていたのか、もちろん気になりますね」
アレクロスは冷淡ではないが冷静に過ぎる物言いをした。
「なぜですか、教えてください」
マルシェリア姫は艶(あで)やかに笑んでみせる。
「よくぞ聞いてくださいました。あなた方はただの旅の騎士とその伴(とも)ではないですね。きっと、もっと高貴な身の上なのでしょう。ひょっとしたら王子様とその配下である大貴族、そうではありませんかしら」
アレクロスはセシリオとサーベラ姫をちらりと見た。しばし本当のことを言うか言うまいかと迷うが、相手が本物の前王国の王女であるのは事実のようである。故に、アレクロスは真実を告げようと決めた。
「その通りです」
「如何(いか)なる理由で、そのようなお姿でこちらにおいでなのですか。まさか、ワタクシを助けようなどとお思いになったわけではなさそうですね」
「あなたの存在は、ここに来るまで知らなかった。こうなった以上はお助けしようと思います。なぜあなたがここにいたのかも知りたいのです」
知りたい理由は、マルシェリア姫のためだけではない。何よりもこの遺跡をよく知りたかったからである。
「身内の裏切りに遭(あ)ったからですわ」
「それはそれは」
アレクロスとしては他に言いようはなかった。まだ詳(くわ)しい事情は分からない。この王女がどんなことをしてきたのかも知らない。今はまだ。
「この遺跡は、ワタクシたちが《まつろわぬ民》と呼んできた、マリース王国に従わぬ魔物を封じ込めておくための、言わば巨大な封印。ワタクシはだまされてここに連れて来られました。ワタクシの父に。国王に。彼はワタクシを裏切り、ワタクシを封印の一部としました」
ここで王女はアレクロスの黒い瞳をじっと覗(のぞ)き込んだ。
「ねえ、正直におっしゃって。マリース王国は、もう滅びてしまったのでしょう。あなたのような騎士がマリースにいたのを見たことは一度としてありません。何もかも変わってしまったのですね、そうではありませんこと」
「あなたが言われる通りです」
本物のことを言うしかあるまい。そう判断して、アレクロスは答える。
「あなたは、なぜここにいらしたの」
アレクロスは話した。グレイトリア姫からの依頼は、遺跡とその周辺に出没する魔物退治と、失われた調薬法を記した本を探すことである。
「人間の王子、私がその本の在り処(ありか)を知っています」
「なぜ本の在り処を知っているのですか」
サーベラ姫が尋ねた。
「その本は我が王家に伝わるものでしたから」
「そうでしたか。しかし、この遺跡は封印のために建てられたのでしょう」
サーベラ姫の言に、マルシェリア姫はふんと鼻を鳴らした。少し呆(あき)れたような、小馬鹿にしたような仕草(しぐさ)である。
「ここにあるとは言っておりません。でもここの奥から、本のある場所に行けるかも知れません。封印の様子を確かめるために、王家の別宅につながっていましたから。今でもその通路が残っていれば」
アレクロスはサーベラ姫を見た。マルシェリア姫の居丈高な態度にも、気を悪くする素振りはない。それでもアレクロスは、セシリオの妹姫に「気にしないでくれ」と目配せをした。
「そこへ案内していただけますか、マルシェリア姫」
「ワタクシのことは、王女殿下と」
「分かりました。お願いいたします、マルシェリア王女殿下」
アレクロスの礼儀正しい態度を見て、マリース前王国の王女は満足したようであった。大貴族とは言え、貴族の娘に過ぎない。王女である自分とは違うのだ。そう思っているようであった。
グレイトリア姫の調合した薬で、王女はすっかり回復した。すらりとした姿を目立たせるように立ち上がり、胸を張る。サーベラ姫よりも長身で、すんなりとした体つきをしていた。
「ワタクシも共にお連れください。共に戦いますわ」
「ありがたきご助力に感謝します」
アレクロスは王女の手を取り、手のひらに軽く唇(くちびる)を付けた。これはコンラッド王国では廃れてしまったが、他の国々ではまだ慣習として残っている場所もある、貴婦人に対する礼儀であった。このようなことが許されるのは、騎士以上の身分に限られるが。
「ではまいりましょう。ご案内しますわ」
マルシェリア姫は先に立って歩き出した。そのまま振り向かず、アレクロスたちが付いてくるのに、確信を抱いているようであった。
前王国の王女は、楕円形(だえんけい)で石造りの大きな部屋の奥に進む。奥にある木製の重そうな扉を開けた。奥は闇である。ためらいもなく王女はその闇の中へと身を滑らせた。王女の姿は、扉の向こうに消えた。アレクロスは慌(あわ)てて自分も後を追う。後ろから第一公爵家の兄妹が付いてくるのを確認してから、扉を大きく開いて向こう側の通路に出た。扉を開いていると、光ゴケと光水晶の明かりが漏れてくる。
「先へ進めば闇となろう」
「私が魔術で明かりを灯します」
「ありがとう、サーベラ姫。壁から光水晶をもぎ取るわけにはいかないだろうか」
「それもそうでございますね」
サーベラ姫はまだ扉をくぐっていなかった。周辺の壁を探り、球形の光水晶を二つ取って王子と兄に渡した。
「お前も持ってゆけ」
セシリオは自分の分の光水晶を取った。それは天然の水晶と同じく、いびつな六角柱の形をしていた。虹色の淡い光は美しい。
「闇の中で目が見えぬとは不便だこと」
通路から、マルシェリア姫の笑い声がした。嘲弄ではないが、それに近い響きであるように三人には思えた。