ウィルトンズサーガ【厳然たる事実に立ち向かえ】第3作目『深夜の慟哭』第54話

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「呪われたこの地下世界を解放して、地上に災いが及ばなくなればいいじゃない。それ以上しなければならないことがあるの?」

「いや、ないと思いたい」

 ブルーリアは花の蜜を吸っていた。例のさらなる地下で咲いていた、色とりどりの花である。その何輪かを、 ブルーリアはつんできていた。

「ブルーリアは大丈夫ですか?」

「大丈夫よ。 心配しないで。 充分に戦えるわ。 だけど敵の所に行く前に、寄っておきたいところがあるのよ」

「それは何処ですか?」

「この近くに洞窟があるわ。その中に、私たちの敵が人間から奪った見事な鎧があるはずなのよ。私が話したあの人間の青年はね、肉体だけでなく気に入っていた鎧も奪われたの。板金鎧と、人間たちは呼ぶわね。金属の板を体型に合わせて、人の体のような形に作り、体を金属の板でおおうものよ」

「ええ、分かります」

「その鎧は銀でできているの。だから、私たち妖精も嫌わないわ。私たちは鉄は嫌い。他の金属も好きじゃない。だけど銀は別よ。だからあいつも捨てないで取っておいたの。残念ながら、剣はないのよ。それは鉄だったから捨てられてしまったわ。 剣も鎧も、騎士のためのものよ。人間にとっては、とても上等な物なのでしょうね」

「銀の板金鎧か! すげぇな」

 ウィルトンは感嘆の声を上げた。ブルーリアと殺されたその青年を思うと胸が痛んだが、それでも銀製の鎧が手に入るという喜びは大きかった。

 ああ、なんて贅沢なんだ! そう思った。ブルーリアの知るその騎士は、騎士の中でも特別な地位に就いていたに違いないと考えた。

「銀の鎧はあなたが着るといいわ。きっと役に立つわよ」

「よし! 取りに行こう」

「銀は魔法と相性がいいの。人間や魔族が使う魔術とも、ね。敵対する魔力は弱められ、身につけるものためになる魔力はより強めてくれるのよ」

 ウィルトンはうなずいた。

「よし、その鎧を身につけたら、俺ももっと強くなれるな!」

 こうして一行は、 銀の板金鎧を探しに 洞窟へ向かったのである。

 洞窟は、敵地へと まっすぐに向かう方向から、直角に左に沿って歩いた方向にあった。 左にそれてから歩いた時間はほぼ半刻である。

 一日を二十四等分にしたのが一刻、その半分が半刻である。これは、古(いにしえ)の〈法の国〉時代からの決まりであった。〈法の国〉が滅び、その後の歴史の中で悪評に包まれたとしても、その文化的な遺産は、長く残り続けているのである。

 その半刻を歩いたところで、小山のようなものを一行は見つけた。そのふもとには大きな横穴が見えた。中は暗くてウィルトンの目では奥まで見通せない。

「二人は分かるか?」

「中に入ると真っ直ぐの通路があり、その突き当たりからは、左右に道が分かれていますね」

「その通りね」

「よし分かったまる 俺が先に中に入ろう。 月の明かりを灯してくれよ」

「分かりました」

 アントニーはそうしてくれた。たちまちウィルトンにも、洞窟の中が見通せるようになった。銀の鎧の話は、ウィルトンの心を踊らせた。

見事な、名のある騎士の甲冑! 実に素晴らしい壮麗なものなのだろう。そう思って胸が高鳴るのに感じた。

 自分がそれを身につけるのにふさわしいだろうか。そう思いもしたが、それでもそのお宝を一目 見たいという思いには逆らえなかった。

 それに ブルーリアが、是非にと言ってくれているのだ。それを無視してはいけない気がした。 これから立ち向かう脅威は大きい。少しでも有利になるように、装備を整えるのは大事なことだ。そう自分に言い聞かせる。

「立派な騎士のための鎧なんだろう? 鎧の主は、とてもすごい人物だったんだろうな」

 心からの感嘆ではあるが、同時にブルーリアを気遣ってもいた。

「ええ、そうよ。立派な人だったわ。悪い、呪われた妖精を何体も倒してね。そうして私と出会ったわ……」

 ブルーリアはそれ以上言わなかった。他の二人もそれ以上立ち入った話はするまいと決めた。 ブルーリアが自ら話してくれるまでは。もし話してくれなくても構わないのだ。そう思っていた。

 それが彼女を尊重することである。それが彼女に敬意を払うことである。

 一行は、 アントニーが灯した月色の光の明かりに照らされながら、洞窟の中に入っていった。

 洞窟の中は宝石のオパールのように美しい。全てが、オパールの中にくり抜かれたかのような様子を見せていた。

「それとも、まさか本当に、これはオパールなのか」

「そのオパール、というのではないとしても、地上に持ってゆけば、それなりの価値のある物だと思うわ」

「そうか! 後でいくらか持っていくぞ!」

 ウィルトンは、はしゃいだような声を上げた。

 アントニーには、ウィルトン自身が、宝石に執心するとは思えなかった。尋ねてみる。

「オリリエは、宝石が好きですか?」

「宝石なんてもんには、デネブルのところから取ってくるまでは縁のない暮らしをしていたけどな」

 ウィルトンは、少し照れくさそうに話し始めた。

 一行は、通路を用心しながらゆっくり進む。アントニーとブルーリアは、ウィルトンの言葉に耳を傾けた。

続く

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片桐 秋
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