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【厳然たる事実に立ち向かえ】ウィルトンズサーガ3作目『深夜の慟哭』第28話

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「地下世界に、ですか」

「そうだ。ブルーリアは呪いを解いてさえくれたら、地下世界は俺たちを受け入れると言った。お前と俺と、妹のオリリエ、それにロランだ」

 言いながらアーシェルを見る。呪いが解けたなら、地上に、アーシェルの領地に害が及ぶこともなくなる。ウィルトンたちが、いなくなってもかまわないはずだった。

 アーシェルは思案する顔で、何も言わない。

「ロランも、ですか?」

 アントニーは確認するように訊いた。

「そうだ。彼女はロランに、人間の身体(からだ)をくれるとも言った」

 アーシェルは驚いたようだ。

「どうやって人間の体を?」

「それは分からない」

「我が領民に手出しをするなら許せません」

「確かにそうです。でも生きた身体でなくては駄目なのでしょうか」

 アーシェルはウィルトンの顔をじっと見つめた。にらんでいる、のとは違う。しかし強い強い眼差しだ。

「死体ならかまわないと? いや、アントニー殿にとっては大事な従者だ。気持ちは分かるが、しかし」

「アブライ語を使えば、土の塊から人間の身体を作れます。もちろん大変に高等な魔術で、私も使いこなせはしません。妖精たちには、ブルーリアには、あるいはその力があるのかも知れませんね」

 アントニーは言った。常と変わらず冷静で落ち着いた態度だ。ブルーリアを信用していない様子も伺(うかが)える。

「神々の御業(みわざ)を真似るのですね」

「そのように言われますね。魔術は、神々が使っていたアブライ語を人間が使い、神々の御業を真似る。あまりにも高度な業は、それ自体が冒涜だと」

「冒涜だとは思いません。ですが悪用する者はいるでしょう」

「はい。残念ながら。古王国の時代にも、そんな者はいくらでもいました。大抵は貴族でした」

「待ってくれ。過去は過去だ。今、ブルーリアがロランのために、土から人間の身体を作るなら問題はないはずだ」

 アントニーは深い紫色の瞳でウィルトンを見つめた。おなじくらい深い色合いの紫色の髪が、そよぐ風に微かに揺れている。さして長くはないが、豊かな髪だった。真っ直ぐで曲のない髪。

「私は嫌な予感がします」

「ブルーリアを信用していないんだな」

「あなたはどうなのですか?」

「分からん。地下世界から呪いが解けたらどうなるのか。それを見届けたい気もする。そうすれば、繰り返しになるが、アーシェル殿の領地も安泰になる。それだけじゃない。デネブルが支配していた土地は皆、安泰になる」

 黙って聞いていたアーシェルが、ウィルトンに告げた

「私に考えがあります。私の屋敷に戻りましょう」

「そうだ、あなたからお祖父様を説得してはいただけませんか? そうすれば私たちはあなたの味方となります」

と、アントニー。

「祖父は何をしたのです?」

「ご存知ないのですか?」

 ウィルトンは思わず問いただす。

「はい、何も」

 ウィルトンは、アントニーと顔を見合わせた。やれやれ、どこから話をすればいいのだろう? ウィルトンは内心で三度目のため息をつく。

「率直に言わせていただく。お祖父様は俺たちを信用していません。俺たちの領主、センド・デル・バーナース様の地位を奪おうとしているとお考えのようです」

 アーシェルは黙った。そのまま何も言わない。今度はアントニーが彼に向けて、

「どうかお願いします、アーシェル殿。あなたからお祖父様を説得してはいただけませんか?」

と、頼み込んだ。

「はい、私に出来ることであれば。ただ──」

「何でしょうか?」

 アーシェルは、ウィルトンから目を逸らしアントニーに向き直る。ウィルトンの耳には、近くから小鳥の鳴き声が聞こえていた。春の訪れを告げる澄んだ声だ。今はそれも、さして心地よくは聞こえない。

「何故、あなた方が領主になってはいけないのでしょうか」

 ウィルトンはアントニーと再度顔を見合わせた。

「アーシェル殿? 何ということをおっしゃるのですか」

 アントニーはとがめるような物言いをした。

「そうではありませんか」

「ちょっと待ってくれ。俺たちはそんな面倒な貴族の暮らしはしたくないんだ」

 デネブルがどうなったか。その目で嫌というほど見た。

「逃げられないですよ」

 アーシェルは至極当然のことを言うように言葉を発しながら、またウィルトンに顔を向けた。

「逃げるだって、俺たちが?」

 ウィルトンの心に、今までは感じたことがない種類の怒りが静かに湧いてきた。デネブルに対して感じていたのとは違う怒りだ。

「何を言うんだ、逃げてなんかいない。俺たちはデネブルを倒した。誰も倒せなかったデネブルを、暗黒城の城主を倒したんだ。その俺たちが、アントニーが逃げているって言うのか?」

 ウィルトンは、アントニーの方も見た。

「アーシェル殿には分からない。アントニーがどれだけ苦しんできたかを! このまま静かに暮らしたいだけだ。それのどこが逃げているって言うんだ?!」

「これだけの功績があるなら、力があるなら、それを隠さなかったのなら、もう逃げられはしないのです!」

 アーシェルも負けずに大声で。

 二人は、青年領主を見た。厳然とした事実を突きつけられたように。

「あなた方がセンド・デル・バーナース殿に代わって領主になってください。そして私と同盟を組みましょう」

 アーシェルは言い切った。澄んだ青い瞳に、決意をみなぎらせていた。

続く

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片桐 秋
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