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英雄の魔剣 52

 自室に戻る前に、召使いがアレクロス宛ての伝言を持ってきた。
 マルシェリア王女からの手紙である。高級な羊皮紙に書かれ、実に麗しい達筆であった。微かに香料が香る。東方世界産の香木から作られた香の薫りがした。

「マルシェリア王女が何を」
 アレクロスは手紙を持ったまま自室に向かう。室内に入り、円卓の傍らに置かれた椅子に腰掛けた。手紙の封を紙ナイフで切り、中の便箋を取り出す。便箋からも匂い立つ品格のある香り。マルシェリア王女の雰囲気からすれば奥ゆかし過ぎる気もしたが、これも興というものだろう。

「王子殿下、ワタクシは殿下のお味方になりたく存じます。一つ提案があります。読んで検討していただけたなら嬉しく思います」

 その後に書かれたマルシェリア王女の手紙の内容は、アレクロスがセシリオやグレイトリア姫に語ったのと同じであった。
 《山の種族》を味方にすること、その理由、そのために薬を使うこと。皆、世継ぎの王子の考えと同じであった。アレクロスは心を読まれた心地になった。だが、伯母と異なり、マルシェリア王女には読心術は使えないはずである。前王国の魔術体系にそれらしきものはない。

 もっとも、伯母ウルシュラもベナダンテイも、おのれの知力を上回る考えや概念を読み取れはしない。ただ、漠然とそれを考えた時の感情が分かるだけである。それもあって、伯母ウルシュラのアレクロスへの対処は、的を外れたものになりがちであった。いや、十あれば七は的外れであったと言ってよい。

 ただ一つ、マルシェリア王女の提案に王子の考えと異なる点がある。薬はマルシェリア王女自身が作るというのである。王女の言を信じるのならば、グレイトリア姫の作る物より効き目は確かで、悪い作用ははるかに少ないのである。

「だが信じていいのだろうか」

 アレクロスは独りごちた。

「しかし王女を味方にすると決めたのだ。信じるしかあるまい」

 手紙には王女の現在の居場所も書いてあった。マルシェリア王女は、裕福な商人が泊まる宿に二部屋を借りていた。一部屋は、メイドとして雇った娘の寝泊まりする場所である。
 王子はしばし思案した。

「よし、この案を受けよう」

 王子は召使いを呼び、グレイトリア姫への伝言を託した。
 王女の案を採用するには、第二公爵家令嬢への気遣いも必要だとアレクロスは判断した。それは王族として至極当然の判断であった。

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片桐 秋
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