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アッシェル・ホーンの冒険・第十話【人の心の闇に勝る、『魔王』は存在しない】

マガジンにまとめてあります。


「ありがとう、マルバン」

 まだマルバンと名乗る荒事師を完全に信用していたわけてはないが、一応礼を言った。アッシェルが思っていた以上に、良い奴なのかも知れない。そうであればいい。そう思った。

「なあに。俺も一攫千金ねらいの荒事師だ。俺自身の目当てもある。礼を言われるほどじゃないさ」

「いや、礼を言うよ。おかげで一人だけでヒルマンさんを探しに行かずに済む」

「ここは〈法の国〉の支都だよな。地下に造られたやつだ。まあそこまで珍しいもんでもない。他にも見た」

「知っていたのか」

「ああ、知っている」

 アッシェルは、魔術円を消す手を止めた。マルバンのほうに身を乗り出す。

「何かこの場所について、くわしく知っているのか?」

「下調べは大事だぜ。街にはいろんな情報屋がいる。多少後ろ暗い奴らからでも、情報を買うこともある。田舎でなく街へ出て荒事師をするなら、清濁合わせ飲む度量はなくちゃな」

 清濁合わせ飲む度量か。確かに、自分に一番欠けているのが、それなのだろう。

「ここの支都も街で知られているのか?」

「本当に見つかったのはつい最近だ。ここにあるらしいという話は前からあった。過去の〈法の国〉を調べてりゃ大体の検討はつくもんだ。そうだろ?」

「ああ、確かに」

 やがて魔術円をすべてけずり終わった。ドラゴンは、これで元の世界に帰れるはずである。

 階下から大きな咆哮(ほうこう)が聞こえてきた。

 振動で揺れ、やがてそれも収まる。

「いなくなったのかね、ドラゴンどのは。俺も一目くらい見ておけばよかったな」

「もう一度広間へ行く」

 アッシェルは、ヒルマンが気になりはしたが、先に広間へ下りていった。

 中は暗い。ドラゴンは姿を消していた。

「知恵の書以外の財宝のありかは分からないままだな。ドラゴンが持っていってしまったのかも知れないが」

 アッシェルの後ろから、マルバンも来ていた。

「へええ、ここにドラゴンがいたんたな。どんな奴だったんだ?」

「それより頼みがある。宝探しのついででかまわない。ヒルマンさんを一緒に探してくれないか?」

「よし、俺たちも後を追って、通路の奥へ行こう」

 二人は階段を上がり、魔術円があった小部屋に戻る。そこから通路に出だ。

 通路は広々としている。天井は高い。かつては灯されていたであろう、壁に備え付けられた魔術の灯りは消えている。アッシェルが神技で灯した明かりだけが周囲を照らし出している。

「さあ、行こう」

 地下都市は白い石版で形造られていた。大理石ではないが、似たような高級感のある石材だ。

 通路には荘厳な印象の列柱が続き、ずっと奥まで伸びていた。

 白い石版が連なる通路を歩く。足音が微かに鳴る。丘巨人の姿は見えない。マルバンの鎖帷子(くさり かたびら)もわずかに音を立てている。

 敏感な者なら、少し離れていても聞き取れる音だ。音を聞きつけた敵がやってくるかも知れないと、アッシェルは緊張する。

 並び立つ太い壮麗な白い石造りの柱の後ろ側には、古(いにしえ)の家々が並んでいた。通路の左右に列柱は並び、家々もまた柱に守られるように左右に並んでいる。通路の壁沿いに家々は並ぶ。壁に造り付けられた形で。通路の高い天井は二階分の高さがあるので、家々も二階建てであった。

 中でもひときわ立派な家があった。三軒分の幅を取り、他の家の並びより奥まった場所に入り口が見える。入り口の左右と前には、花壇の跡のような物が残ってきた。さすがに花々は見つからない。

「何か残っているか、見ていくか」

 少し前なら、こんな時に何を、とアッシェルは言ったであろうが、今は寛容な気分になっていた。

「少しだけなら。私はヒルマンさんを追わなくては」

「分かってるって。ざっと見るだけだ。すでに荒らされたかどうかは、見りゃすぐに分かる」

 二人は中に入っていった。中は広く、壁には壁画が残っていた。外の風景だ。美しい丘や川、太陽のある昼間の風景。奥に進むと、別の部屋には、二つの月のある夜の風景画もあった。ドラゴンが月の光を背景に飛んでいた。

「〈法の国〉はこうして、異界のドラゴンをも使役して、支配領域を広めていったのだな」

 アッシェルはつぶやいた。

「ここは寝室だな。寝台らしきもんがある。あそこの隅にあるのは、何だ?」

 寝室の片隅には、衣装入れがあった。長方形の木製の家具で、上にふたがあり、閉じてしまっておく物だ。マルバンは近づいて開けた。

「おお、これはこれは。見てみろよ」

 中には銀細工の装身具が多数入っていた。絹と思(おぼ)しき衣装は、すでに虫と湿気にやられてぼろになっていた。銀細工は長年磨かれてはいなかったであろうに、未だ輝きを保っていた。

「こりゃすげぇ。いただいていくぜ」

 マルバンは精緻な銀細工の髪飾りを三つ、腕輪を三つ手に取った。残りは、レースのように繊細な透かし彫り細工の首飾り二つに、指輪が一つだ。指輪には大つぶのルビーがはまっていた。

 アッシェルは黙って首飾りとルビーの指輪を手に取る。エメリの姿が浮かんだ。

続く

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片桐 秋
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