【ヒロイックファンタジー短編】父殺しの聖剣 第2話【自作テンプレート使用】
バルゴニサ姫と共に父親の城を去ったサジタリスは、自分の物として父から与えられた剣と鎧をローブの下に身に着けていた。それだけでなく、城の自室から持ち出した金貨と銀貨、宝石の数々がある。
バルゴニサ姫のためには、召使い女の服を密かに持ち出した。高貴な婦人のための服はなかった。サジタリスに母はなく、姉妹もいなかったからだ。
召使い女とは言え、さほどみすぼらしい格好ではない。地味ではあるが、それなりに仕立ての良い服を着させられている。
「姫、このような衣服しか用意出来ませんでした。どうか我慢をしてください」
「ありがとうございます。充分です。目立つ姿ではない方が都合が良いと思います」
今、サジタリスとバルゴニサ姫は城から離れ、町中をも離れ、真夜中の丘の間を通る街道を歩いていた。この街道は古代の偉大な帝国が建造したのが今でも残っているのである。
夜陰に乗じて見つからぬように出来るだけ遠くまで、夜明けまで歩き続ける心づもりであった。
サジタリスには姉妹だけでなく兄弟もいない。自分が城を去れば父ダウロスに家族はいない。父一人になるのだ。たくさんの召使いにかしずかれてはいるが、それだけではさすがの父も寂しかろうと、サジタリスは早くも郷愁に似た思いに駆られた。
「サジタリス殿、隣の領地まで何とかたどり着いてくださいませ。私の父と母、それに叔父である領主のいる城まで」
「私は城に残した父上が心残りだ。バルゴニサ姫の姉君を見た時、姫からの話を聞いた時には驚いて、一刻も早く父のもとを離れようと思ったが、こうしてみるとやはり後ろ髪を引かれる思いがする」
バルゴニサ姫と並んで歩きながら、自分の気持ちを姫に打ち明けた。
「さりとてバルゴニサ姫を差し出すわけにはいかない。隣の領地を攻めるのも反対だが、私があの城にいる限りは父に逆らうのは無理だろう。ああ、私はどうしたら良いのだろうか」
「私達もあなたのお父上と争いたくはございません。とにかく私の叔父に会ってください。話はそれからでも」
ところが二人が隣の領地へと渡る橋の近くまでたどり着くと、そこはすでに多勢の兵士たちがいて、橋を渡れないようにしていた。兵士たちが父の配下の者たちであるのを、サジタリスはすぐに見て取った。
「まあ、どうしたらいいのでしょう」
「見つかれば大変です。ここは黙って通り過ぎましょう」
「行くあてはお有りですか?」
「ありません、姫。ですが何とかいたします」
「あの向こうの大きな丘を迂回(うかい)すれば、私達の領地に行けます。けれどかなり遠回りに」
「では、参りましょう。他に道はなさそうですからね」
二人は夜を徹して丘陵地帯を進んだ。古代から残る街道は、今もこれからも崩壊しそうにはない。しかし月明かりを頼りに二人だけで進むのは心細かった。
疲れた体を休めながら星を目印に領地を目指す。バルゴニサ姫の叔父の名をサジタリスも知っていた。アグリアスである。隣の領地の主(あるじ)であるアグリアスを、かなりの知恵者と聞いていた。もちろん父ダウロスが言うことだ。警戒の対象としての意味しかない。
夜明けが星々と月の光を追放した明け方に、ようやく二人は領主アグリアスの城を見つけた。
「おお、ようやくあそこに城が!」
サジタリスは片膝を地面に着いて、ほっと息を吐き出した。
「あともう少しです。さあ、この薬草を」
バルゴニサ姫は、道すがら摘(つ)んだ薬草をサジタリスに差し出した。薬草には二つの月の光の下で、特別なまじないをするとより効果が引き出される。バルゴニサ姫はそのやり方を知っていた。
「ありがとう、生き返る心地がします」
それを聞いて姫は微笑んだ。
「私はこの薬学をコンラッド王国で学びました。この丘陵地帯の向こうの、さらに大河を渡ったところにある大きな国です。その国の名門貴族であるキアロ家の方から学んだのです」
「それはそれは。実に素晴らしいですね」
「コンラッドの王家とキアロ家には、たくさんの貢物をしましたけれど。それだけの対価はありました」
姫も疲れたのか気が緩んだのか、サジタリスの傍らに腰を下ろした。青白い肌も今は少し青みが失せて、普通の健康な乙女のような血色の良さを見せていた。
「私の父の領地でも、姫のような知恵があれば助かる人も増えるでしょう」
「残念ながらダウロス殿がお聞き入れになるとは思えません。あのお方は、私達の領地を攻め取ることしか頭にないようです。それにコンラッド王国も平和なだけの国ではありません。人に害を為す魔物への対策に追われるのは、どこも同じです」
それを聞いてサジタリスはうなだれた。
「そうです。父も領民を守るためといつも言っています。その言葉を疑ったことはありません。今も、です」
「ええ、それは分かります」
それで二人は黙り込んだ。
アグリアスの城に二人が着いたのは、それから半刻ばかりも経った後であった。半刻とは、一日の四十八分の一の時の長さである。
朝は明るさを増し、陽光がきらめく初夏であった。
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