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【ダークファンタジー小説】ウィルトンズサーガ『古王国の遺産〜受け継がれるレガシー』 第7話
マガジンにまとめてあります。
額、もしくは腹に意識を向けて精神を統一し、恐れや興奮に捕まらないようにする。今となっては、ウィルトンにとって簡単になった。
誰にとっても簡単なことではない。赤松と白樺の木々が絡み合う、林の中にある静かな村に、ひっそりと暮らすような者なら特にそうだ。
ウィルトンは違った。先祖代々の魔力ある武器を受け継ぐ資格と力量のある男だが、それだけではない。
戦いに際して重要な精神の統一のために必要な素質。
素質を磨くための修練をこなす意志の力。
どちらも大事で、ウィルトンにはそのどちらも備わっていた。
幸い、母娘は腰を抜かしたり足をすくませたりはせず、アントニーの警告を聞き入れて、二人で手をつないで逃げてゆく。古王国貴族の生き残りである彼は、三匹の大蜘蛛に向き合い、蜘蛛が母娘を追うのを防いでいた。
白い骨の杖から光弾が同時に三つ放たれる。それぞれ一発ずつが、一体の大蜘蛛に当たって弾けた。
三匹は皆怯(ひる)んで動きを止めた。
母娘は、先ほどウィルトンが赤ワインをもらった宿屋の方へと逃げてゆく。
大蜘蛛どもがアントニーと向かい合う、その側面から、槍をかまえて近づき、光の刃を放つ。
一匹の胴の側面に刃が刺さって深手を負わせた。刃は消える。的(まと)に当たれば光の刃は消滅するようになっているのだ。
ウィルトンたちが来た道とこれからゆく道が見える。この道、村々や都市をつなぐ街道の両脇に、宿屋三軒と小間物屋二軒が並ぶ。この辺り一帯は周りを林に囲まれている。
三匹の大蜘蛛は、道からは離れて宿の裏手側、林の方向にいる。二人が飛び降りた窓は裏手側に面していたのだ。
「こいつら、林から来たのか?」
今考えることではないが、思わず口にした。ここまで街道を歩いてくる道中には何もいなかった。林の奥から来たのだろうと考えるのは自然だ。糸を吐く蜘蛛なら、地中に棲(す)むのではないだろう。
人が普段足を踏み入れないほど奥の木の上にいる。そう考えると自然な気がした。
今度は蜘蛛の糸に絡まれないように、離れた位置から再度光の刃を放つ。一匹はよろめいた。が、動きは止まらない。
残る二匹は前の脚二本を振り上げて、アントニーをではなく、逃げてゆく母娘を追っているようだ。ヴァンパイアの青年には見向きもせず、一匹ずつが左右に分かれて迂回して避けていこうとする。
アントニーは跳躍して、彼から見て左側の大蜘蛛の背に乗った。蜘蛛は重みに耐えかねたのか、動きを止める。白い骨を立てて、直接に光弾を頭部に打ち込んだ。
ここでウィルトンは、母娘を追うもう一匹に追いつく。槍を側面から胴体に刺す。蜘蛛は暴れた。槍の穂先を刺したまま、光の刃を立て続けに放つ。胴体は割れて、中から白濁したような体液が漏れ出した。
「よし、やったか」
ウィルトンは母娘が無事に宿屋の扉を開けて中に入ったのを確認した。アントニーが乗っている蜘蛛ももう動かない。残るは瀕死の一匹だけだ。
蜘蛛は尻から糸を出していた。ごく短い尾のような部分を、先端だけ側面に向けるように曲げる。糸の束が噴出される。ウィルトンは糸をかわす。吹きつけてきた風に乗って糸は背後に流れてゆく。
かわしてすぐに、側面から蜘蛛の頭部を刺した。完全に頭を刺し貫かれても、なお手足をうごめかせ続ける。ウィルトンは槍を抜いた。白濁した色の体液がねっとりと槍の先についている。
敵が完全に動かなくなったのを見届けてから、地面に生えている草で槍についた汚れを拭(ぬぐ)う。
「よし、終わった。後はあの母娘から、大蜘蛛がどの方向から来たか聞こう。その方向へ行って何がいるか探す」
「私は他の人たちにも、話を聞きたいですね。骸骨のような旅人が来た時に、他にも何かなかったかを訊きましょう。旅人が現れる前にも怪しいものを見なかったのかも、訊いた方がいいでしょうね」
「そうだな」
ウィルトンは先に立って宿屋に向かう。それにしても、宿屋の主人サダソンが言った『骸骨のような旅人』は何者で、いかなる目的で現れたのか。
「骸骨もどきは何か恨みでもあるのか? ここの集落に」
「恨みかどうかは分かりませんね。敵の正体も分からないですから」
「そもそも、そいつは本当に敵なのか。俺はそこもいくらか疑っている。今の段階では決めつけられない。そう思わないか?」
「ご老体の勘違いだと思っているのですか?」
「それもあるかも知れないな。他にも、俺たちの知らない何かがある。そんな気がしてならない」
「確かに。今はまだ何も分かっていないのですからね。我々は、その骸骨のような旅人を実際に見てはいませんから」
アントニーはうなずいて、同意してくれた。
「あなたの言う通りです。骸骨のような旅人を見つけても、すぐに敵と決めつけるのは止めておきましょう。ところで、蜘蛛の来た方向だけなら足跡を見れば分かるのですが」
古王国貴族の生き残りは、少しだけ皮肉げな笑みを浮かべてみせた。
「ああ……確かに。こんな巨体だからな。足跡もはっきり残るだろう」
アントニーはウィルトンが気がつかなかった事を言ってくれた。そこは素直に認めるものだと思っている。
「だけど他にも聞ける事があるかも知れない。宿屋に行こう」
そう言って先に歩き出した。
続く
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