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【ダークファンタジー小説】ウィルトンズサーガ『古王国の遺産〜受け継がれるレガシー』 第11話
マガジンにまとめてあります。
一行は五人一緒に、大蜘蛛の巣があると思われる大木の周囲を調べ始めた。
離れ離れにはならないように気をつけている。ウィルトンとアントニーの二人、アラニスたち三人で分かれての捜索だ。
「金糸草が生えていますね。こんな時でなければ摘んで帰りたいのですが」
アントニーは、足元に生えている一かたまりの金色の草を指差した。その名の通り、細い糸のような草が生えていた。ウィルトンの手首から中指の先くらいまでの長さで、ぴんと張った糸のように立っていた。
「何か効果があるのか?」
「熱湯を注いで金糸茶というお茶にするのですよ。良い香りがして気持ちが爽やかになりますよ。乾燥させても、生のままでもお茶に出来ます」
「お前は飲めるのか?」
「少しなら飲んでも害はないのですが、大抵は香りを嗅ぐだけです」
「へえ。今はこれを探し回っている暇はないが、少しだけ摘んでいくか」
二人の話し声がべナリスにまで聞こえてしまったようだ。後ろから、ささやき声がした。暗く陰鬱な響きの声だ。
「私はお茶はほとんど飲みません! 清水と白湯だけです。お茶を飲むのをやめて、清い水だけにしてから体が調子よくなりました」
「……」
アントニーはため息をついた。先ほどは皮肉な物言いをしたが、ここでまた何か言うのも大人げない。知らぬふりをしようと決めた。
それは一概に寛容な態度とだけは言えない。まともに付き合うべき相手と見なさなくなるのを意味するからだ。
適度な見下しがある種の──そう、ある種の『寛容さ』を生み出す。古王国時代には貴族であった彼には、そんな人の心の妙が分かっている。
適度な。下等生物だの家畜だのとは言い出さない程度の。
アントニーは見下さなかった。故に寛容にもなりにくかった。もしも今、アントニーが言いたいことを言うなら、こうなる。
「何でも飲み過ぎや食べ過ぎはかえって害になりますね。私は程々に飲めば良いという話をしているのです。それに、こうした事はそれぞれの身体の性質によっても違ってきます。金糸茶を飲んでも調子が良くならない人がいるのと同じように、べナリス、あなたと同じようにしても良くならない人もいます」
アントニーは言わなかった。四百年前、ヴァンパイアになったばかりの頃、古王国と呼ばれた国々が次々と崩壊してゆくあの時代なら、きっと言っていた。
その頃はアントニーは旧種のヴァンパイアであっただけでなく、今よりも精神が若かった。別な言い方をすれば大人げなかったのだ。
「やれやれ。誰もお前に茶を飲めとは言っていないぞ。領主から依頼を受けた時にも、そんな態度だったのか?」
後半の一文はべナリスにではなく、アラニスとミラージに対してだ。
「領主の前には、彼を出さなかったわ」
長(おさ)はそれだけを答えてくれた。
「そうか」
ウィルトンもそれ以上は追及しない。気持ちはアントニーと同じだった。大人げない真似は止めるのだ。
べナリスは否定的な言を発するが、同じように否定的な言を返して欲しくはないと考えているのだろう。それは明白に思えた。
実のところ、アントニーの言はそこまで否定的でもない。べナリスの言う通りである部分もあるが、そうではない部分もあると言うだけだ。それでもべナリスには苦痛だろう。勝手な話だとは思うが、べナリスを変えようはない。仕方がないのだ。
ここでミラージが割って入った。
「どうかお許しください。こう見えてもべナリスは名うての戦士なのです。きっとお役に立ってみせます。ですが、どうしてもご不快であれば、無理にご一緒してくださいとは言えません。我々は蜘蛛の巣のある木を調べ、あなた方は白樺のうろのある木を捜索なさるとよいのではないでしょうか」
ミラージの提案は、冷静でバランスの取れた感覚だと思えた。仲間はかばうが、英雄たちへの配慮も欠かさないというわけだ。
なるほどな、とウィルトンは思う。荒事師仲間の組み合わせは、こうして短所を補い合うものなのか、と。
「どうする?」
ウィルトンはアントニーに訊いた。今度ははっきりと声に出して。
「私はこの大木の周りの足跡を探します。ミラージ殿の提案は適切です。そこは認めなければ」
「よし、分かった。そうしよう」
「では、私達も一緒に探します」
長の女アラニスが、またひざまずいて探り始めた。その辺りは長とミラージに任せ、ウィルトンはアントニーを連れて、大木の反対側に回る。
「サダソンが見た旅人の正体が何か分かるか?」
「不死者の一種ではないかと。サダソンの見た通りなら」
不死者。通常の生命ではない、別次元の生命を得て生きる者たちだ。ヴァンパイアもその一種だった。大抵は最初から不死者だったのではなく、死んで後に、何らかの理由で異なる生命を得て生き返った者だ。
「不死者でも、必ずしも邪悪とは、人間に害を為すとは限らない」
アントニーは皮肉げな笑みを浮かべた。
「さあどうでしょうか? 私も邪悪ではないつもりですが、時と場合によっては害を与えますよ」
「おいおい、穏やかじゃないな」
「ここに野盗が現れて、私がそれを退治すれば? 彼らからすれば私は害を為す者になります」
「それはそうだが、サダソンや他の集落の人たちが悪い事をするようには見えない。ここは村々から都市へ向かう一本道だ。商売敵はいないし世間の目もある。善人でなくても、あえてまずい事になるような真似はしないだろう」
サダソンからの依頼を受けたのはそれも理由だ。長い目で見て集落を保全しておく方が自分たちにも得だと考えた。
見捨てれば彼らは全滅するかも知れない。目覚めが悪いだけでなく、名誉にも関わる。
何しろ今はデネブルを倒した英雄なのだ。世間の人々によく知られている。英雄に相応しい行いが期待され、名声の代償として行動はいくらかは縛られる。
そんなものは関係ないとぶっちぎれば、いろいろ後で厄介なことになる。彼ら二人だけの問題では済まないかも知れなかった。それに領主に会ってから、街道を守った対価を受け取れる算段もあった。
ウィルトンたちは、べナリスの吐き捨てるような否定の言を知らないが、もし知ればこのように反論したくなっただろう。
実際にするかは別の話だ。聞く耳は持つまい。
ウィルトンたちはしばらく何も見つけられずにいたが、不意に
「こちらに来てください!」
と、アラニスの声がした。
続く
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