英雄の魔剣 21
「当然です。この先には封印があるのですから」
マルシェリア姫は堂々とした態度を崩さないが、微(かす)かに眉を不快げに動かしたのをアレクロスもセシリオも見逃さなかった。サーベラ姫はと言えば、周囲を警戒して魔術の明かりを掲げていた。王女の微細な表情の変化には気が付かないままにこう尋ねた。
「ですが王女殿下。封印は破られたのかも知れないのですね」と、サーベラ姫。
「完全に破られたのでなければ魔力も残りますよ。その魔術で詳細は分からないようね」
王女の言にセシリオは答える。
「はい、詳細は分かりません。実際に行ってみなければ」
「だが、この遺跡の奥の封印が破られたのでなければ、どこから遺跡の外を徘徊(はいかい)している魔物は現れたのだろうか。確実なことは言えないが、先(ま)ずは可能性の高い方から当たるべきだろう」
「私の《索敵》(さくてき)を出してもかまわないでしょうか」
セシリオが尋ねた。
「かまわない。いや、むしろやってくれ」
セシリオの、魔術の発動体である指輪から、黄金の色の目玉が出てきた。猫の瞳のような黄金の綺麗な目玉には、羽根が生えている。黒い小鳥の羽根のような物が二対。それが真っ直ぐに闇の中を飛んで行った。通路の前方へ向けて、静かに。やがてそれは、奥に消えて見えなくなる。アレクロスは、マルシェリア姫にはまだ《索敵》が見えるのだろうか、と尋ねた。
「まだ見えますわよ。もうじき見えなくなるでしょうけれど。ワタクシが奥までを見通せるならば、その魔術を使う必要もなかったでしょうから」
「《索敵》も必ず、奥まで行けるかは分かりません、王女殿下」
セシリオはうやうやしく言った。
「ですが、先に危険がないかを確かめておこうと思いました」
「それは賢明な判断ね」
マルシェリア姫はそれだけを口にした。
「《索敵》が見ている物が見えますか、兄上」
「ああ、見えるよ。これは魔術による闇ではない。たとえ魔術によるのであっても、《索敵》の魔力を上回りさえしなければ見通せる」
「このまま封印の場を見られたらいいのですが」
「そう簡単に見えるのかな。見えればいいが」
二人は兄妹であるから、お互いに親しみを感じさせる語らいである。妹姫が隣国に嫁いでから、アレクロスにはこうした意味での親しい相手はいなくなってしまった。セシリオは自分の親友ではあるが、やはり王子とその臣下の関係でもあるのだ。
マルシェリア姫はどうなのだろうか。自分の身の上を寂しいと思わないのであろうか。前王国マリースの王女には、そんな人間的な感情とは無縁の精神があるのかも知れず、同時に人知れず孤独を味わっているのやも知れぬとも思える。
いや、今はこんな風に感傷的な気分になっている場合ではない。それは後でいくらでもできることだ。マルシェリア姫も、こんな同情を望んではいないだろう。
「《索敵》の眼が見ている物を、俺も見ることが出来たらな」
アレクロスは言った。
「今はまだ、通路が真っ直ぐに伸びているだけで、何も見つかりません」
「封印らしき物は見えないか」
「はい、全く見当たりません」
「そうね、封印はかなり奥にあるのです。それが破られているなら、先に《奈落》からの来訪者が見つかるはずね」
「おっしゃる通りです、王女殿下」
セシリオの返答は、うやうやしくはあるが、同時にどこかよそよそしく冷ややかでもある。
しばらくそのまま一行は待った。索敵はついに一体の影を捉(とら)えた。それは真実『影』であった。
それは魔物の影なのかと、アレクロスは言った。それは疑念というよりは、むしろ確信を得たいがために尋ねたことであった。
「魔物の影ではございません」
とセシリオは答えた。
「影そのものの魔物なのでございます」
「それにはこの魔剣が通用するであろうか」
「私の魔術で、魔術により一層の力を与えてご覧にいれます。そうすれば勝利は疑いありません」
サーベラ姫はこう言った。
「よし、頼んぞサーベラ姫。敵まではいかほど離れているか」
「向こうの方から近づいてきております」
セシリオのその答えは、ほとんど警告の叫びになっていた。
「すごい速さです。《索敵》を戻します」
セシリオは言った。珍しいことに、『やや』という以上の焦りがその声には感じられた。
「まずいな、《索敵》がやられる」
「兄上、やられる前に《消去》しましょう」
「駄目だ。間に合わない」
セシリオがそう言うと、次の瞬間、一行の誰の耳にもはっきりと聞こえる音がした。ぱりんと、うすいグラスの割れるような音。
セシリオは目を抑えてうずくまる。
「兄上、大丈夫ですか」
「大丈夫だ 。大事(だいじ)ない」
それでも念のため、キアロ第二公爵家で作られた薬品を含ませた布を目に当てる。痛みと痺(しび)れは速やかに引いていった。視力にも問題はない。
「薬学と医術の一族である、キアロ家の薬は本当に大したものだな」
セシリオは思わず独り言を口に出した。
それを言い終わった時には、すでに敵である『影』は、一方の眼前に立っていた。