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【和風ファンタジー】海神の社 第十六話【誰かを守れる人間になれ】

マガジンにまとめてあります。


「実咲様はどちらにおられるのでしょう」

 実咲は戦うべき敵となったが、主の弟君でもある。希咲からの指示がない限りは、目上の人に対する言葉遣いを続ける。

「おそらくは稲神の社だろう。そちらへ向かう」

「稲神の。真鶴がいるところですね」

「そうだ」

「やはり真鶴は実咲様のお味方をするのでしょうか」

「するだろうな」

 希咲はそれ以上を言わない。

 藍色の瞳の依り代は、弟のいる場所へと先に立って早足で歩いてゆく。鷹見はその後をついて行った。夜も遅くの荘園の中だ。明かりもほとんどなく暗い。ただ白銀色の細い月と星々の明かりだけが夜道を照らす。

 道にはまず砂利が、さらにその上に丸みのある小石が敷き詰められている。雨の日でもぬかるまず、風の日でも砂ぼこりが立たない。

 鷹見の藁沓《わらぐつ》で踏んでいても、角の取れた丸い小石の感触は心地よい。希咲は黒い革沓《かわくつ》を履いている。やはり足首の上あたりまでを覆う沓で、藁沓と形はそんなに変わらない。

 主従二人は黙って歩き続けた。南の大池がある方へ向かっている。大池の手前側に稲神の社がある。朱い鳥居と朱い社殿の社が。

「私は真鶴と戦いたくはありません。甘いとは思うのですが」

「甘くはないよ。真鶴はずっと、我々にとって妹のような存在だった」

「真鶴が和御魂に還れば、この荘園は不作となりますか?」

「なるかも知れないな、だが案じることはない。尚記と私でどうにかする。何と言ってもここは四聖獣に守られた土地だ」

「はい。俺も出来るだけのことをします」

 希咲の言葉は鷹見の胸に心強く響いていた。

 南の大池の近くまで来た。青草が茂り、ほとりには朱色の鳥居と社殿がある。

 見た目ばかりは希咲と変わらぬほどに端麗な容姿の青年が立っていた。深紫の着物姿だ。

「来たんですね、兄上。あなたに真鶴と戦うことが出来るんですか?」

「やるしかない」

 希咲は短く答える。淡々とした口ぶり。その態度には平静さ以外の何も表れてはいない。

 真鶴は実咲の背後に隠れていた。横に動いて全身を現す。

「希咲様、鷹見様、申し訳ありません。ですが私は」

 真鶴が言い終わる前に希咲は海塩を投げつけた。依り代の技に運ばれて真鶴まで真っ直ぐに届く。稲神の使いは避けられない。

 顔を両手で覆い、後退《あとずさ》る。

「やれ、鷹見。早く」

「は、はい……!」

 本心を言えるならこう言っただろう。とてもそんな冷徹な真似は出来ないと。しかし今さらそんなことを言えないのは分かっている。真鶴は説得には応じないし、希咲はそれを分かっているのだ。

 そう考えて太刀を抜いた。すでに弓を使える遠さではない。

「真鶴、許してくれ」

「実咲様を傷つけないで」

 真鶴はそれだけを口にした。まだ両手で顔を覆ったままだ。

 塩害の荒御魂だ。鷹見には分かった。草木の類には効く。稲も例外ではない。この社が建つ地は、大池のそばで海からはまだ離れている。

 塩害。不吉だと鷹見は思う。本当に凶作になったらこの荘園はどうなるのか。

「今は戦うこと以外を考えるな」

 希咲の声はいつになく冷徹に響く。

 鷹見は息をゆっくりと吐き出した。気持ちを落ち着けるために。ああ、仕方がないのだ。

「分かりました」

 前に立つ実咲に向かって突進する。むろん、阻まれるのも迎撃も予想の内だ。ただ闇雲に向かっていったのではない。

「この、無礼者が」

 実咲は冷淡に言う。眼差しも冷たく、初冬の風のようだ。まだ初冬には遠い。まだ初冬は来ない。

 主の屋敷で放たれたのと同じ鎌鼬《かまいたち》が来た。かわせないと見て、太刀で弾く。太刀は荒御魂の力で強めてある。強めてくれたのは希咲だ。

 それを無駄にするわけにはいかない。

 たちまちに実咲に肉薄する。

「くそっ」

 およそ華族とは思えぬ言を吐いて、実咲は後ろに下がった。真鶴の方が前に出ている形になる。鷹見はこの機を逃さなかった。

「すまん」

 太刀の柄で真鶴のみぞおちを殴る。真鶴は倒れた。

「希咲様!」

 主は鷹見の意図を察してくれた。真鶴に手を伸ばし右腕を掴む。引きずって実咲から引き離した。

「己《おのれ》を慕う者には、感謝といたわりの気持ちを持て」

 希咲は真鶴を拘束した。真珠のように白く美しい少女は、呪力により動けなくされた。

「み、実咲様……!」

「真鶴、実咲にはこうするしかないのだ。すでに人を一人、殺《あや》めているのでな」

 真鶴は息を呑んだ。実咲から聞かされていなかったのかと鷹見は思う。

「真鶴、俺たちを信じてくれ」

 鷹見は叫びながら実咲に斬りかかった。

「小癪《こしゃく》な!」

 実咲は鎌鼬の代わりに竜巻を起こした。鷹見は宙に浮く。凄まじい速さで回転しながら上空へと運ばれた。

「鷹見!」

「た、鷹見様! ああ、実咲様、もうおやめください」

「真鶴、助けろ。まだやれるはずだ」

「嫌です」

「真鶴!」

「実咲様、この方たちはご兄弟とその一番の配下ではありませんか」

「関係ない」
 
 実咲の声は冷たく響く。兄や鷹見だけでなく、真鶴をさえも気に掛けてはいないとしか思えなかった。

「実咲様、なぜです……」

「真鶴は、あなたにとって道具でしかないのか!」

 鷹見は舞い上げられながら叫んだ。目が回りそうだが体は無事だ。まだ今のところは。ここからどう下りてよいのかは分からなかった。

続く

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片桐 秋
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