ウィルトンズサーガ【厳然たる事実に立ち向かえ】第3作目『深夜の慟哭』第59話


「甘いな」

 レドニスは薄く笑った。その笑いが今は見えていた。ウィルトンにも、アントニーにも、ブルーリアにも。

 跳び上がった瞬間に、彼の姿は再び見えるようになった。ただし、向こう側が透けて見える姿で、ではあるが。

 〈冷気〉も魔法による水膜も霧散した。

 さらにウィルトンたち三人が驚いたことに、レドニスは空中で、ウィルトンが飛ばした光の刃もこくごとく躱(かわ)してみせた。

 宙に浮いたまま、何の足がかりもなく、体を器用に素早く動かす。躱しながらゆっくりとアントニーの方へと落下してきた。

 魔術による〈盾〉は、上からの攻撃を防ぎ難(にく)い。

 アントニーは、自ら後方に下がって避(さ)けようとした。すると、大きな衝撃が身体に当たり、思わずよろめいた。

 何とか倒れずには済んだが、巨木をも倒すような大嵐に吹き付けられたかのようである。

 ウィルトンは側面からレドニスの背後に周る。光の刃を撃ちながら、突進していった。槍で敵を突くつもりだった。

「頼む。アントニー、ブルーリア、敵の注意を引き付けてくれ」

 声には出さずに願う。この思いが届くのを念じながら。

 思いが通じたかのように、青い髪の妖精はレドニスに近づいていった。ウィルトンがいたのとは反対側の側面から。

「危ない!」

 思わず叫びそうになって、口をあわてて閉じる。ブルーリアは注意を引き付けてくれているんだ。彼女を信じて任せよう。ウィルトンはそう考えた。

「喰らえ!」

 突進し、槍を持ったままレドニスの方へと跳んだ。レドニスはブルーリアの方を向き、衝撃波を撃っていた。アントニーにしたのと同じように。

 アントニーが〈盾〉をブルーリアの前に張った。

「ブルーリア、逃げてください」

「だめよ」

「『今は』後退してください」

 ブルーリアは従ってくれた。

 レドニスが再び跳んだ。〈盾〉の上方へ。それを見たウィルトンも跳んだ。レドニスの足に槍の穂先が届く。

 わすかに赤い血が散った。

「そうか、やはりこれは利くんだな」

 ウィルトンはにやりと笑う。希望が見えてきた気がした。

「人間風情が」

 憎々しげに。

「降伏するなら今だぞ」

 ウィルトンは皮肉を返す。

「ふざけた物言いを」

 レドニスはブルーリアの前にある〈盾〉の近くに着地した。美しい女妖精は、すでに大きく後退していた。

 レドニスは振り返り、今度は衝撃波をウィルトンに放つ。ウィルトンはかわしきれなかった。しかし銀の魔法の鎧は、衝撃を和(やわ)らげてくれた。

「素晴らしい鎧だ」

 思わず声に出す。と、アントニーが張ってくれた〈盾〉が槍使いの戦士の前にも出現する。

 上手い具合に次の衝撃波を防いでくれた。レドニスが、またしても跳躍しようとした時。

 ウィルトンは、〈盾〉越しに槍の穂先を下向きに突き出していた。跳び上がったレドニスは、自ら槍に刺さりに行く形となった。

 赤い血が散る。先ほどよりも多く、派手に灰色の地面に散った。敵はよろめいた。

 この機を逃さず、ウィルトンは〈盾〉を回り込んで、急いでレドニスの側面に立った。

 再度、刺す。レドニスはおびただしい血を流しながら後ろに下がった。

 アントニーがこちらに走り寄ってきた。初めて見る、銀の短剣を手にしている。柄の部分には、精巧な細工が施されている。

 レドニスは、アントニーに刺されはしなかった。大きく後ろに跳んで下がる。

「くそ」

 悪態をつく敵にウィルトンは、

「何故、人間を憎む?」

と、尋ねた。

「は! はるか昔に、デネブルがした事を忘れろと言うのか? 奴はヴァンパイアだが、奴を支持し、崇拝していたのは人間どもだ」

 レドニスは嘲笑う。そんな事も分からないのかと言わんばかりに。

「だが俺たちは、そのデネブルを倒したんだぞ!」

「知るものか! 今さらノコノコとやって来て、手柄を立てたつもりなのか? 生憎だな。もはや僕には、貴様らを信用する気はない」

 レドニスの身体から流れる血は止まらない。それでも敵はまだ平然として、離れた位置から三人をにらみつけている。

「地上の英雄とやら、二人とも裏切り者のその女と共に死ね、滅びろ」

 そしてさらなる衝撃波が、三人を同時に襲う。

「悪いな。お前の気持ちも分からなくはないが、俺たちは滅ぼされるわけにはいかないんだ」

「私たちはこの地下世界を救う。そのためにここに来たのです」

 アントニーがよろめきながら叫ぶ。レドニスは動きを止めた。

「この世界を、僕たちの世界を救う、だって?」

「そうです。デネブルが過去にしたことは、ウィルトンはともかく、私には責任があります。私は、それを償いたい」

 アントニーの声には真摯な響きがある。レドニスには通じない。黒い肌と赤い目の美形の妖精は、またも嘲笑で応じた。

「貴様など信用できるか!」

「そうよ、私もこの男を信用などできない」

 ブルーリアは冷ややかに告げた。衝撃波を受けて倒れていたが、今は立ち上がっていた。

続く

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片桐 秋
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