【ハイファンタジー小説】アッシェル・ホーンの冒険・第二話【人の心の闇に勝る、『魔王』は存在しない】
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ヒルマンの妻は、二階にいた息子と娘を連れて、〈輝きの森〉へまた狩りに出掛けた。木造の、木の香りのする家に残るは、アッシェルとヒルマンだけである。
ヒルマンの息子と娘は、アッシェルよりやや年下に見えた。二十歳を少しだけ過ぎたくらいだろう。アッシェル自身はすでに二十歳を過ぎてから五年が経つ。
「丘巨人のいる丘は、森とは反対側だ。だから俺の家族は大丈夫だよ」
「そうですね、〈輝きの森〉には何も怪しいものは見つかりませんでした」
「あの森は平和で豊かな森だ。我々に恵みをくれる」
「そうです」
「前に丘巨人が襲来した時には、森へ逃げたんだ。君と知り合う前の話だ。私はその時はこの村にいなかった。旅に出ていたからね」
「そんなことが。では今回、丘巨人を殲滅(せんめつ)できれば当分は安心というわけですね」
「そうなんだ。丘巨人だけは厄介だ。他は何とかなる」
ヒルマンはおもむろに立ち上がった。
「さあ、腹ごしらえが済んだなら、早速丘へ行こう」
ヒルマンは台所の食料庫から、乾パンと乾燥させたチーズ粉、日に干した乾燥野菜と新鮮な果物を取り出した。
二食分をアッシェルに渡し、同じく二食分を自分の背負い袋に入れた。
二人は家を出た。村の家々は、アッシェルとエミリの住まいと同じように、明るい色の木造だ。平屋もあるが、多くは二階建てである。
屋根は茅葺(かやぶ)きか、木の板張りになっている。
茅(かや)という植物を乾燥させて、束ねて屋根に並べて留めつける。それが茅葺き屋根である。夏は涼しく冬は暖かい。
手間は掛かるが、それだけの価値のある屋根だ。木の板張りの屋根より人気があった。
アッシェルとエミリの家は丸太小屋で屋根は板張りだが、ヒルマンの家は板張りの壁に茅葺き屋根である。〈輝きの森〉を隔てた、二つの村の違いなのだ。
「では、参りましょう」
「ふむ、頼んだぞ」
村から離れ、丘に登ってゆく。
丘巨人は、家を作らず、雨ざらしの中で暮らしている。皮膚は分厚く毛深いのでとても丈夫だ。人間のように、住まいを必要とはしない。
毛皮の簡単な作りの服だけを着て、雨の日も風の日も、毛皮だけをかぶってやり過ごす。それで風邪を引くことも、身体を冷やすこともない。
ただし、巨人とはいえ、身の丈は長身の男子の二倍ほど。雲をつくような大きさではなかった。
「そろそろ現れるぞ」
ヒルマンの言うとおりだった。大きな足音が聴こえてきた。近い。あの木々の群れの向こう側から来るのだろう。
「三体、ほどでしょうか?」
「四体だ」
ヒルマンは正しかった。
手前側の大木の陰に隠れ、まずは弓を撃つ。ヒルマンの腕は確かで、丘巨人の身体に見事に刺さった。彼らは知能が低く、矢の飛んでくる方向が分からないようだ。
彼らは混乱していた。
「背後に回って、こちらから不意を討ちましょう」
「よし、ではここから離れて迂回(うかい)するぞ」
だが丘巨人は鼻が利く。二人の匂いを嗅ぎつけて、迂回する二人を後から追い掛けてきた。まだ、距離は離れているが、追いつかれるのは時間の問題だ。
アッシェルはメイスをかまえた。太めの棒状の柄(え)に、大型の鉄の球が付いている武器だ。鉄球には、多くの鉄の棘(とげ)が生えている。
当たればかなり痛いが、剣や槍のような刃物武器のような鋭利さはない。
太古の昔から、神官が主に用いる武器であった。
アッシェルもヒルマンも、堅い頑丈な革製の鎧と甲(かぶと)で身体を覆っている。頭から足までを。
二人はこの鎧が、丘巨人の強く激しい打撃を防いてくれるのを願っていた。
丘巨人は、粗雑に作られた棍棒を振りかざしながら、雄叫びを上げて、二人の方にやって来た。
アッシェルは足元にあった小石を拾い、スリングと呼ばれる石を振り回して飛ばす武器を使った。
石はきれいな線を描いて真っ直ぐに飛んでゆく。丘巨人の腕に当たり、(丘巨人は)棍棒を落とした。
二体の持つ棍棒を落とさせた。残る二体は石を当てる前にすぐ近くまで来てしまった。
頭上から振り下ろされる棍棒を、両手持ちのメイスで受け止める。しびれるような衝撃が両腕に走る。
後ろに下がって距離を開ける。背を屈(かが)め、足元を狙う。向う脛(すね)に一撃を喰らわせる。人間と同じ弱点のはずだった。
丘巨人は激しく痛がる素振りを見せた。その時に尻を地面について、足を上下させた。太い足に蹴られそうになるのを危うくかわす。
ヒルマンは弓を槍に持ち替えていた。槍は庶民の武器であり、剣は貴族や王族の得物(えもの)であるとはよく言われる。
ヒルマンは情け容赦なく、尻を地面についている丘巨人から先に狙う。もう一体がアッシェルを狙い続けているのを幸いに、槍で丘巨人の目を突いた。
脳みその奥まで差し込む。
丘巨人は叫び声を上げて、それから動かなくなった。
残るは三体。
続く