英雄の魔剣 3
王宮には、王族と第一公爵家しか知らない秘密がある。壁の中に通る隠し通路、それが導く隠された区域だ。王宮の壁はとても暑く頑丈だ。中に、その中に異空間が生じ、通路になっていた。コンラッド王国以前からそれは存在した。前王国の時代から。
建国王は、自分の一族と第一の臣下の一族にだけ、隠し通路の存在を伝えるようにしたのだ。
コンラッド王国には、第一公爵家であるエルナンデ家のように魔術の力で地位や財を築いた者もいる。だが基本的には武を尊(とうと)ぶ国柄だ。
今は滅び去ったコンラッド王国の前の王国は、魔術の力で全てが成り立っていた。建国王コンラッド・ベルトランが前王国を倒した時代には、すでに昔年の栄華は失われていたが。それでも今に至るまで残された技術や知識、それに遺跡もある。この王宮そのものが、魔術師の王国とされた前王国ニアレスの遺跡とも言える。王宮に魔術で生じた通路が残るのも不思議ではない。
通路の一つはアレクロスの自室から、王宮内の他の場所に繋(つな)がっている。フィランス王子の父王であるエルネストさえ、迷宮のような隠し通路と隠し部屋のすべてを把握(はあく)してはいない。
壁の中の秘密の抜け道を、まだ少年であった頃、セシリオと一緒に探検して回ったものだった。アレクロスは懐かしく思い出す。その時二人で作った地図が残っている。もう今は、それを見ないでもたどり着けるが、地図は保管したままにしてある。
「さあ行くぞ」
セシリオに声を掛け、先に隠し通路への扉を開けて入る。扉も人目に触れぬよう隠されていた。
振り返らず、足音も聞こえないが、親友が後から付いてきてくれているのは承知していた。
秘密の隠し部屋の一つに、多くの魔物が飼われている場所がある。セシリオの一族が、魔物の強力な力を王家と自分たちのものにしようとして、日夜研究を重ねている場所だ。それは《研究所》と呼ばれていた。
セシリオの一族は、英雄王の片腕であったとされる大魔術師レイナルド・エルナンデの子孫たる公爵家である。王家からの信任は、建国以来絶えることなく極めて厚い。だからこそ《研究所》を任されている。まかり間違えば、王家への反乱の力となるであろうものさえも、その信頼ゆえに王宮に造るのが許されていた。
アレクロスの背後からセシリオが声を掛けてきた。
「王子、《牧場》で腕試しをいたしましょう」
《牧場》とは、魔物が飼われている区域の名だ。
ほどほどの強さの魔物が、魔術の拘束を受けて第一公爵家に飼い慣らされている。
そればかりではない。魔物にとって著しい苦痛を伴う実験や研究に使われる。
はっきり言えばアレクロスはこの事実が大嫌い『だった』。そうこれまでは。だからセシリオにも、甘いと言われ続けてきた。
アレクロスも、行われている研究や実験のすべてを知るわけではない。父王や母である正王妃にも、知らないことはある。それはセシリオの一族への信頼の証しであるとは言えた。
今のアレクロスはためらいなく、《牧場》で腕試しをしようと言った親友に意気揚々と答えた。
「よし、俺の強さを見せてやろう。この武具と俺の肉体の、最大限の能力を」
セシリオはうなずいた。
《牧場》に通じる隠し通路はいくつかあり、セシリオの王宮内での居室からも通じている。大貴族は王宮の外に邸宅を構えているから、常にそこで暮らすわけではない。
しかし、《研究所》や《牧場》には、第一公爵家の当主と夫人、その子息たちのための王宮内での居室から、隠し通路を使って行くしかなかった。
魔術による灯りが見えてきた。手にする魔道具の明かりも必要ないくらいに明るい。
コンラット王国以前からの魔術が空間に異変を起こしていて、かなりの広さが隠れたままになっているのが見えてきた。
「《第三牧場》に向かいます。そこまでおいでになるのは初めてですね」
「そうだな。ここで飼われている中で一番強いのがそろっているのが《第三牧場》だと聞いた」
第一と第二には、何度も行った。密かなる訓練のために。そう、少しでも強くなるために。
魔物は、魔術を施(ほどこ)された柵の中にいる。柵には、人間には効かず魔物だけを内部に封じておける魔術が感じられた。
アレクロスは柵の中に入っていった。ヴィーヴルと呼ばれる魔物が、王子のいる上に飛来する。背に大きなこうもりの翼を持ち、腰から上は金髪の美しい女の姿。両脚は蛇の鱗(うろこ)に覆(おお)われていた。
アレクロスはためらうことなく黒い長剣を抜き放ち、それに斬(き)りつけた。狙いは過(あやま)たない。見事にヴィーヴルの片方の翼を切り裂いた。魔物は地上に叩きつけられる。
美しい顔には赤い瞳がある。宝石のガーネットのようであり、微光を放っていた。王子はさらにその片目に容赦なく剣を突き立てる。
ヴィーヴルは悲鳴を上げて苦痛にのた打ち回った。魔物とはいえ、その声も知能も人間の若い女と変わらない。だがいつもと異なり、王子は顔色一つ変えなかった。さらに冷徹に剣を振り下ろし、首をはねてとどめを刺した。
アレクロスには分かりようもないが、この時にセシリオは心の中で驚嘆の声を上げていた。
(この方は本当に変わられた!)
それは自分たちが作り出した、魔物の力を付与した魔剣と鎧が、元からあった資質を目覚めさせたのだ。あっと言う間に。望み通りになったというのに、空恐ろしいとも感じていた。
アレクロスは、第一公爵エルナンデ家の嫡男の顔を見た。大貴族の筆頭たる家柄の跡継ぎであり、同時に古くからの親友である若者の顔を。
「そんな顔をするな。これこそが俺自身の、そしてこの王国そのものの運命を切り開く始まりだ」
セシリオは丁重に答える。
「失礼いたしました。考えていた以上のご活躍でございます」
王子は親友の顔を見て笑う。
「何も驚くことはない。この危機にあって我々が本気で国を救う気でいるのならば、常人には決して見えない勇気と力が、必ず我々には与えられるはずだ」
そう告げるとアレクロスは親友の返事を待たずに、《牧場》のさらに奥へと進んでいった。
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