ウィルトンズサーガ【厳然たる事実に立ち向かえ】第3作目『深夜の慟哭』第65話
マガジンにまとめてあります。
https://note.com/katagiriaki/m/m31acf573b63d
「しかし、どうやってロランをこの体に?」
「まあ見ていて。私に任せて」
「何か手伝う事はありますか?」
「ありがとう。でも、ないわ」
あっさりとブルーリアは答える。
「だけどブルーリアさん、僕は少し怖くなってきましたよ。本当に、本当に、この体の中に僕は入ってしまうんですね?」
「そうよ。大丈夫よ。痛くも怖くも何ともないわ」
「だけど、アントニー様と共に生きてきた四百年間、僕はこの人形の体で生きてきました。それを……僕は、本当にこんな立派な、アーシェル様によく似た体をいただいていいのでしょうか?」
ウィルトンは肩をすくめた。今になって気になる点が頭に浮かんだのだ。
「今となっては引き返せないな。だけどアーシェル殿がどう思うかは、正直なところ、俺も気になる」
「そうです! アーシェル様はどう思われるのでしょうか?」
「アーシェル殿の心象を悪くしたくはありませんね。弟君の体を勝手に、と、そう思われる危険はないのでしょうか」
「ないわ」
「何故、あなたにそれが分かるのですか? そんなにもはっきりと。アーシェル殿に聞いたのですか?」
「立派な貴族に忠実に仕える者に。その願いを、兄も知っているもの」
「だけど本当に僕でいいのですか? もっと他に……僕より立派な、ふさわしい方がおられるかも知れません」
ロランは気後(きおく)れした様子を見せた。うつむいて、肩も下がっている。
「今になってこんな事を言うのはおかしいかも知れませんが、いざ目の前にしたら、こんな立派な体を、本当にいただいていいのかと思ってしまうのです」
ブルーリアはロランに近づいた。その両肩に手を置き、優しく言い聞かせる。
「ねえ、聴いて。デネブルの呪いは、同時に強力で確かな魔術だったわ。だからロラン、あなたはこうして人形の体で生き長らえてきたのでしょう? 仮に他にふさわしい者がいたとしても、その人は死んではいないのだから、エーシェルの体を必要とはしないわ。必要とするなら、その時にはもうこの世にいないのよ」
「そ、そうなのでしょうか? 本当に他にはいないのでしょうか。アーシェル様は本当に……」
「あなたがこの世にいられたのは、ねえ、デネブルの魔術、今では古魔術と呼ばれる強力なその力のお陰でしょう? 他にそんな魔術を、誰が使えると言うの? 仮にそんな魔術師がいたとしても、アーシェルの領地では見つからなかったわ。だからあなたしかいないの。分かるわね?」
ウィルトンは、確かにな、と、うなずいた。ほっとしてもした。
もし他に、弟エーシェルの肉体にふさわしい者が、アーシェルの前に現れたならどうなるのかと、少しは考えていたからである。
「アーシェル殿は、俺たちを英雄と認めてくださっている。ロランの事も、きっと認めてくださるさ」
「分かり……ました。僕は必ず、この体の主(ぬし)てあったエーシェル殿に、恥じない働きをします!」
「いい決心だわ」
ブルーリアは、微笑んだ。にやりと、とでもいった風に。
「あなたを見込んで、この体にあなたを移し替えるわ。あなたは私が見込んだ通りの人間だったわ」
「僕は人間なのでしょうか?」
「あなたは人間だったし、これからはもっと人間になるのよ。私はこれまでだって地上の事を知っていたわ。アントニーの事も、その従者の事もね」
魔法円が地面に描かれた。エーシェルの遺体を中心として。簡素な二重円で、魔術師が魔力を高めるために使う、複雑な術のための呪文が描かれた魔術円ではない。
「ロラン君、あなたもこの円の中に入ってね」
「は、はい!」
ロランは恐る恐るといった様子で、それでも勇気を出して魔法円の中央に立った。
「ロラン」
アントニーが声を掛ける。心配しているからではない。ただ、忠実な従者の意思を確かめておきたかった。
「大丈夫です、アントニー様」
アントニーはうなずいた。ロランの声はしっかりしていた。
「それでは、始めるわ」
ブルーリアが手をかざすと、遺体が黄金色に輝き始めた。同じように、ロランの体、彼がデネブルの呪いによって魂を押し込められてきた人形の体も。
「きれいだ……」
ウィルトンは、思わず見とれた。やわらかで品のある、淡い黄金色の光が、魔法円の中を満たしていた。円の中心にはエーシェルの遺体、そのすぐ側にロランが立つ。ブルーリアは、円の端(はじ)の方にいた。
「ロラン君、彼の側に横になってね」
「あ、はい」
ロランは言われた通りにした。エーシェルの遺体に少しだけ触れた。何故かわずかに温かかった。
「温かいです。この光のせいなんですか?」
ブルーリアは、そうよ、と言った。
「待っていて、今、温めているから。そうすると準備が整うのよ。仮初めの命を吹き込むわ。あなたの人形の体にも、エーシェルの体にもよ。そして、この光が、あなたたちを結び付けてくれるの」
「どのくらい掛かるんだ?」
と、ウィルトン。
「しばらくは掛かるわ。そうね、あなたたちの時間で、一刻ばかりはね」
ウィルトンは魔法円の外側に座り込んだ。
「お前も座れよ。長くなるらしいからな」
「私は立ってこの場を見届けたい。あなたは座っていてください」
ウィルトンは、それ以上は言わなかった。
ゆらりゆらりと、踊るような動きをブルーリアがし始めた。あたりは静かだった。この場の美に似つかわしい小鳥の声や風のざわめきは、一切何も聞こえなかった。
続く
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