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【厳然たる事実に立ち向かえ】ウィルトンズサーガ2作目『深夜の慟哭』第11話
マガジンにまとめてあります。
「お祖母様、ここでそんな話はおやめになって」
エレクトナはやや甲高い声を出した。常には落ち着いたトーンの低い豊かな響き、今は感情の高ぶりをそのまま表している。
アントニーをかばってくれたのか。それとも、本当にこの話が嫌だっただけなのか。
「ありがとうございます」
ウィルトンは令嬢に礼を言った。アントニーも、
「エレクトナ様、お気遣い、感謝します。失礼ですがセンド様、そのお話は後ほどにしていたたけないでしょうか」
「なあに、何の含みがあるわけでもないよ。気に触ったなら許してくれたまえ」
「いえ、許すなどとは」
アントニーは答える。ややこしい社交儀礼だなとウィルトンは思う。何もかも面倒くさくなってきた。貴族になんぞなれなくてもかまわないから、今すぐ村に帰りたかった。故郷の村、バームへ。
そこでは、こんな気取った言い回しや、持って回った社交辞令などはない。お互いに気遣いつつも、気さくに話して暮らしているのだ。
妹のオリリエはどうしているかな? ウィルトンは家族を想った。妹も、どこか裕福な貴族にでも嫁がせて安楽な生活をさせてやろうと考えていたが、これでは気詰りな思いをさせるだけたろう。
「でもよくあるんだよな。村の芝居小屋でもやっていた。庶民の村娘が貴族の息子に見初められて結婚して、その後は幸せに暮らしました、となるやつ。どこでもこんな話は庶民の女に人気と聞いた」
ここに来る道中で、ウィルトンはアントニーにそう言ったものだった。
「オリリエも、ですか?」
「うん、やっぱり少しはな。興味があるみたいだ。貴族の暮らしってやつに」
「そうですか」
アントニーの声の調子と表情は、そんなにいいものでもないですよ、と言っているかのようであった。
確かにそんなにいいものじゃなさそうだな。オリリエは貴族の家に嫁いだ途端に、窮屈な思いをすることだろう。
「でも俺が貴族になったら、オリリエもその妹だ。全く関係なしにってわけにもいかないんだろうな」
そうしているうちに、前菜の次が運ばれてきた。スープである。鶏肉を出汁につかった、透き通った温かいスープだ。これまた透き通るように炒められた玉ねぎがほんのわずか入っている。スープの色も、玉ねぎを炒めた時の飴色に似ている。飴色よりは、少し薄い色。
広間には暖炉があり、明々と火が燃えていた。それだけではなく、魔術による暖かさも感じられた。でなれけば、こんなにも部屋の隅々までを暖めるのは不可能である。
「魔術具はどこにあるのだろう?」
ウィルトンは声には出さずに、そっと辺りを見渡した。
「いかがなさいまして? 少しお寒いかしら?」
「いえ、エレクトナ様、大丈夫です。ありがとうございます」
「そう? 魔術具は天井の明かりに取り付けてあるのよ。明かりと一緒に。調整するなら、明かりを下ろさなくてはならないの」
「いえ、そんなにしていただかなくても。大丈夫です」
「それならいいのだけれど」
エレクトナはそっと体を動かして座り直した。祖母に抗議の声を上げてからやや緊張していたようで、それをさり気なく解きほぐす仕草(しぐさ)である。
スープの次には、魚料理が出てきた。海の魚で、白身の淡白な味わいの切り身に、ソースが掛けてある。
「淡白な魚の味わいに、コクのあるソースが実によく合っていますね! こんなに美味しい物を食べたのは初めてです」
「これはチーズのソースですの。牛乳とバター、それにチーズ、小麦粉。それらを煮詰めて作った物ですわ」
「そうなのですか、素晴らしい味わいです」
ウィルトンは、我ながらありきたりな物言いだとは思っていたが、他に思いつく言葉もない。令嬢は気にしてはいないようだった。少なくとも見かけからは、素っ気ないとも言えるような取り澄ました様子しかうかがえない。
エレクトナは、ウィルトンの方を見ない。
アントニーの前には、赤い薔薇のお茶がなみなみと、美しいティーカップに注がれて運ばれてきた。他の者たちが自分たちの前に置かれたスープと魚を食する間、給仕の青年がおかわりを二杯、持ってきてくれたのであった。
「ありがとう」
アントニーは礼を言った。ウィルトンが感じているような緊張など、みじんも感じさせない態度である。給仕は丁重に頭を下げた。
魚の次は、子羊の肉の料理。最後に出されたのは、氷室で冷やしていたぶどうのシャーベット。こうして一同は晩餐を終えた。その間は、アントニーは薔薇のお茶を飲むふりをして、待っていなければならなかった。
一番最後に、皆にも薔薇のお茶が振る舞われる。
「これはまた違う品種の赤薔薇ですの」
エレクトナは、新たにアントニーの前に差し出されたお茶を見て言う。
「そうなのですか。確かに香りが違うようです。こちらのほうが、より深く濃厚な香りがしますね」
「本当に良い香りです。妹のオリリエにも飲ませれやれたら、と思います」
「ええ、香水にも使われますもの」
令嬢は二人に向かって優しく微笑んだ。出会ってから初めて見せた優しさであった。
続く
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