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かすみを食べて生きる 97:かすみを食べては生きられない

脳梗塞 発症数年後

脳梗塞(ワレンベルグ症候群)の後遺症のため、嚥下ができなくなりリハビリ入院。
水1滴飲みこむことができないところから、3か月のリハビリを経てなんとか3食普通の食事を食べることができるようになった。
その他の後遺症は右半身の感覚異常やしびれ。発症後しばらくベッド上安静の時期があり、リハビリで車いす、歩行器を経て、1か月かけて自立歩行に戻った。
急性期病院で約20日。転院したリハビリ病院で2か月と10日程。のべ3か月の入院生活を経て退院した。

発症3か月の振り返り

脳梗塞を発症して数年が経った。
いくつかの後遺症と共に日常は続いている。
回りから見れば私の困り事はほとんど見えない。
でも今も地味に困っている。
そんな世の中にひっそりと隠れて生きるワレンベルグ症候群の1ケース、退院後に起きた困りごとをまとめて、この記録を終わりたいと思う。

『かすみを食べて生きる 序文と目次』
<発症4か月頃:退院後1か月
 
あとがき>


食事

脳梗塞の後遺症で飲み込みができなくなったが、リハビリを経て首を左に向けることで、麻痺のあるのどの左側を通さずに食べ物を飲みこむことができるようになった。
数年経った今も、食事の際は軽く左を向いて飲みこんでいる。
退院してすぐ、白米は軟飯にしていたが、1か月で軟飯を炊くことが面倒になり普通に炊いたご飯を少し頑張って食べ始めた。
その後も問題なく食べている。
入院終盤で食べにくかった食材もあらかた食べることはできている。
しかし食べるのは遅くいくつか飲みこみにくいものがあり、時々思いがけない落とし穴がある。

◆緑茶

最後の一口にお茶の粉が残っていることがあり、これをうかつに飲みこむとのどに張り付いてむせる。
外食で注意深く食事をした最後、緑茶の底に残ったお茶の粉の細かい部分を飲んだところ、盛大にむせこんだことがあった。
やむなくトイレに駆け込んだ。

◆パスタ

家でパスタを食べることがよくあるが、一口量を間違えてほおばってしまい、よく噛まずに飲みこみ1本だけのどにひっかけた。
口を開けて鏡で喉を見ると1本パスタが見える。
でも飲みこめない。
引っ張るには奥過ぎるし、つまめたとしてもちぎれそう。
飲みこむことも、吐き出すこともできない状態でのどにとどまってしまった。
運悪く土曜の午後ですでに病院はしまっている。
こんな時どこの科に行けばいいのかわからない。
夫が救急安心センターに電話をかけて、処置を受け付けてくれる病院があるかを確認してくれた。
電話では耳鼻科の救急外来がある病院をいくつか紹介してもらった。
私は電話をしてもらっている間、物理的に逆さになって吐き出すことを思いつき、低めのいすにまたがり、背もたれの上部にみぞおちを押し当てて頭を下にして何度かせき込んだ。
そこで何とか吐き出すことができた。

◆薬

薬を飲みこむ時は多めの水で、首もしっかり90度近く横を向いて注意して飲んでいる。
一度腰を痛めて整形外科でセレコキシブ錠という痛み止めが出た。
そこまで大きくはないもののとても薄い。
気をつけて飲み込んでも喉に張り付いた。
慌てて追加の水を飲んで何とか流し込んだ。
これが2回あったので、薬剤師さんに相談したところ50度程度のお湯で溶かして飲むといいとのアドバイスをもらった。

◆のどの残留感

嚥下の状態をレントゲンで動画撮影する嚥下造影検査の際に、飲み込みをした後に、食道の少し上あたりにあるくぼみ「梨状窩」の左に残留物が残ることが確認されていた。
確かに検査の際にそこに残留物があると、首の左側真ん中あたりに残留感を感じた。
数年たった今でも、飲み込みがうまくいかなかった時、同じ個所に違和感を感じることがある。
左を向いて水分を飲むと流し込めるが、それでも異物感が残ることがある。
そんな時はうがいをする。
上を向いて頭を少し左に傾けて、ガラガラうがい。
外食の時は食べ慣れないものを食べることもあるので、危険な時は洗面所でうがいができるようにペットボトルの水分を鞄に入れておくようにしている。

今のところこれでクリアランスはできている。
加齢に伴って嚥下力が落ちてきたり、認知能力が落ちてきた時に、誤嚥の危険性は高まると思う。

めまい

天気が悪い日にめまいがすることがあった。
気づいたのは梅雨の時期だった。
かかりつけの脳神経外科で相談すると「五苓散」という漢方を処方された。
体から余分な水分を出す効果があり、むくみを取る効果があるらしい。
脳のむくみからきている可能性もあるとのことで試すことになった。
最初はよくわからなかったが、継続して飲むとめまいは減ってきた。
私には合ったようだった。

右半身のしびれ

これが地味に一番困っている。
しびれと聞くと麻痺ではないし、ただ体がしびれているだけ、と思っていた。
そうじゃなかった。
強いしびれは痛い。
そしてしびれで困ることが2つある。

◆力が入りにくい

一つは右半身に力が入りにくいこと。
片方だけ力が入りにくいと、体全体のバランスが悪くなる。
歩く際にしびれのある方をかばってしまうこともある。
しびれは天気の悪い日と月経前にひどくなる傾向があるが、これまでに2回、この条件がそろった時に階段で転倒した。
一度はくるぶしを剥離骨折して、一度は足首をねん挫した。
幸い今は問題なく歩けているが、大きな転倒をして大腿骨を骨折などしたら動けなくなる可能性があると感じている。

◆疲れ

もう一つは、とにかく疲れること。
大したことがないようで、しびれていると体力を持っていかれる。
朝から家で家事をして過ごしていても、16時くらいになると体力が尽きてしまう。
さぁごはんの準備という段階で疲れて眠くて動けない。
夜は子どもと一緒に9時過ぎに布団に入って朝の7時ころまで寝ても、次の日の夕方には疲れる。
イベントごとなどで日中テンションを上げ続けると夕方には動けなくなる。

◆天気に左右される

しびれは天気に左右されているように感じているが、特に急に天気が悪くなっていく時に、しびれが強く出て体が重く動かなくなり寝込むことが起きるように感じている。
気圧を見ていると、急降下して1010hPaを下回る時は寝込むことが多い。
梅雨の時期は特にしんどい。
また天気はよくても気圧が1010hPaを下回っているとしんどいことがある。
気圧1010hPaは私の一つの目安になっている。

仕事

退院後しばらくたった頃に、ありがたいことに以前勤めていた職場から復帰しないかとのお声がかかった。
やり残した仕事もあり、仕事をしたい気持ちはあるものの体がついてこない。
午後になると疲れてしまうこと、子どもが小学生になるためフルタイムで働かないと学童には入れないなど、いくつか問題があった。
そこでハードルを下げに下げ、週1回9~13時で働くことができないかと相談し、受け入れてもらえることになった。

結果的に退院半年後から働くことになり、今では週2回、朝9時から子どもが学校から帰ってくる前までの時間で働かせてもらっている。

◆座り仕事

仕事では椅子に座ってパソコンに向かうことが多いが、1時間同じ姿勢で作業をして立ち上がると右半身のしびれが強く出てしまう。
血流が悪くなるのかもしれない。
なるべく座りっぱなしにならないように、軽くストレッチをしたり、立ち上がったりするようにしている。
たまに集中しすぎて体を動かすことを忘れて、急に立ってプリンターに向かう時などにしびれが強く出て、片足を引きずって歩いたりしている。

◆電話

気をつけなければならないのが電話。
嚥下が不完全な私は、普通の人が無意識にやっている唾液の嚥下を意識的にやらなければならないことがある。
かかってきた電話に対応する時に、のどに唾液が溜まっているのを忘れて取ってしまい、電話に出るなりむせてしまうことがあった。
内線は謝れば済むが、外部の方には失礼があってはいけないので、復帰してすぐは怖くて電話を取るのを躊躇した時期があった。
最近では電話が鳴るとすぐに一度嚥下をして、電話に出れるようになってきた。

◆おもしろいけれど疲れる

仕事はやればやるほど世界が広がる。
私にとってこの世はまだ知らないことだらけ。
このシフトで働かせてもらっている職場には感謝しかない。

ただ短時間でもがっつり集中して仕事をしてくるので、疲労感は半端ない。
復帰した当初は家に帰るとぐったりして寝込んだりしていた。
今では寝込むことは減ってきたが、雨の日の仕事後は15時くらいになると疲労感と眠気で起きていられなくなる。

かすみを食べては生きられない

発症時、幼稚園だった子どもは今では小学生。
退院して間もなくランドセルを選び、幼稚園の卒園式、小学校の入学式に出ることができた。
発症のタイミングがもう少し遅ければ、子どもの就学準備を夫に丸投げしなければならないところだった。
卒園式も入学式も出ることができなかったかもしれない。

必要に迫られて今は自転車も乗っている。
新幹線や車に長時間乗って、帰省をすることもある。
子どもを海やプールに連れて行って、私も水につかることもある。
公園で子どもとサッカーをすることもある。
子どもと一緒に川の飛び石を飛んだこともある。
これは危険すぎた。
川の真ん中でめまいがしてかなり後悔したが、渡りきるしかなかった。

発症前と同じようにできることと、できないことがある。
私はもう発症前には戻れない。
ミキサー食を食べ尽くす前の私には戻れない。
しびれる半身と、不完全な嚥下。
様々なリスクと隣り合わせの日常。
この体でやっていくしかない。

まだまだ食べたいものがある。
見たい景色がある。
知りたいことがある。
会いたい人がいる。

私はまだ、かすみを食べては生きられない。




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