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12月15日、移住した日を思い返してみる

日本は今日が仕事納めの日ですよね。そうではない方も多いかと思いますが、ひとまず1年間、お勤めお疲れさまでした。

移住してきた日のことをまだnoteに書いていなかったので、これは年内に書いておこうと思った次第です。

12月15日早朝、足腰が悪い父とは家を出てくる前に挨拶をしました。
「体に気をつけてね」「2月にはまた帰ってくるから、お父さんも体に気をつけて」そんな言葉を交わしたと思います。

空港までは母と妹が一緒に来てくれて、荷物も持ってくれました。
まだ午前中だった空港のSUBWAYで3人で食べながら話をしていても、いつもと何も変わらない感じで、ちょっと旅行に行ってくるだけみたいな。
でも出国ゲートに入る前、「いつでも帰ってきてね」と言ってくれた妹の言葉に、今回のチケットが片道であることを思い出しました。
手荷物検査をしてからエスカレーターを降りるときまで、母と妹はガラスの向こうで見送ってくれていました。妹は少し泣いていたのか、目元を拭っているように見えました。
小さな女の子が、この人どうしたんだろう? といった表情で私を見て追い抜いていきました。私は必死に涙をこらえて出国審査に向かいました。

機内の座席は3人席で私が窓側、隣は韓国人のカップルでした。
私は、夫に会いに行くときも夫が会いにくるときも、行き帰りはいつもひとりなので、夫婦やカップル、家族で飛行機に乗っている人を見ては羨ましく思う気持ちが込み上げてきます。
家から一緒に旅行に出かけて、一緒に家まで帰ってくる。いつかそういう日が来るかなと、いつだったか夫と空港で話したこともありました。

6年前の留学時、韓国に行く飛行機の中では、初めて海外で暮らすことや久しぶりの学生生活に胸を躍らせていました。
でも今回はそういう気分にはなりませんでした。
韓国に着くころになって窓の外を眺めていたら、ものすごい数のアパート群が見えて、ああ韓国に来たんだなと、これは日本の景色ではないな、と改めて思いました。
フライト時間がこんなに短く感じたこともありませんでした。読書をしようとしてもどこかうわの空。やっと夫に会えるうれしさと、日本を離れてしまったさびしさで心の中はごちゃごちゃでした。

16時に仁川空港に着いたものの、飛行機から降りて入国審査と荷物のピックアップで1時間以上かかって、結局20時40分発の東松(トンソン)バスターミナル行きのバスを待つことに。
本当は17時発のバスに乗りたかったのですが、東松行きは1日に4本しかないので飛行機の時間をうまく合わせられませんでした。
それでも空港はカフェもフードコートもあるのでいくらでも時間はつぶせます。

重いスーツケース2つにボストンバック、肩にのしかかるリュック、トートバック……。
カートに載せても重いこれらをひとまず置いて、すでに筋肉痛の体に疲弊しながらHOLLY'S COFFEE(韓国のコーヒーチェーン)でアイスカフェラテを頼みました。
カフェラテを飲みながら、友人とメッセージを交わして、いつも聴いている曲を聴いていると、それまで緊張で昂っていた気持ちが不思議と落ち着いてきました。
疲れて何も食べる気になれなかったのに、気持ちが落ち着いたら急にお腹が空いてきて、フードコートでスンドゥブチゲを食べることに。
ゆっくり食事をしていたら、いつの間にかバスの時間が近づいていました。

初めての市外バスでしたが、ソウル市内に行くバスと同じように広くて温かい座席、暗い車内で眠気がすぐに襲ってきました。
私以外に4人ほど乗っていましたが、みんな早々と降車していき、残りは私ひとり。ビルも明かりもほとんどない真っ暗な夜道をひたすら爆走してゆくバス。大丈夫かなと少し不安な気持ちで外を眺めていたら「東松」の文字が見え、ほっとしたと同時に、こんなに早く⁉ と慌てて夫に連絡。
予想到着時刻より1時間も早く着いたため、閉まったバスターミナルで寒空の下、夫を待つこと約10分。やっと家に着いたときには夜11時を回っていました。



いつもより長くなってしまいましたが、読んでくださってありがとうございます。
またときどき、何かのタイミングで、この日のことは何かと思い出すことになりそうです。

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かすみん
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