「少年の君」映画の感想
見たかった映画を見ました。
短評∶ボロ泣きしました。クライムとロマンスに分類されていて、その分類は天才的だと思った。
登場人物∶
○シャオベイ(イー・ヤンチェンシー)メチャメチャかっこいい。アイドルらしい。
○チェン・ニェン(周冬雨/チョウ・ドンユイ)この人に泣かされ続けた。国民の妹らしい。
中国映画は多分初めて見て、(ずいぶん昔に放映されていた暗い映画、女子の友情か三角関係かの作品がずっと忘れられず、好きな男の名前を執拗に書くシーンがあった、それと雰囲気は似ていた)
通しての驚きの一つに、街並みと学校の新鮮さがありました。主人公はコンクリートの廃墟のような所に暮らしていて、登校するときに5メートルくらいの石の壁、上には普通に住宅地がある、そういう光景は邦画では見たことがなくてとても新鮮。画面が目新しくてよかった。
舞台は高校、大学受験を控えた学校…とはいえなんだか予備校みたいだな?制服もなんともいえないし?と思いました。差し入れがあるのは嬉しいけど牛乳瓶なんだ…とか思ったり。そして受験は非常に過酷なんだと思いました。その中でも勉強したふりをしている生徒が混ざっているのがリアルだなと思いました。どこにでもいますよね、そういう人。でもみんな、じりじり迫ってくる受験は忘れられないし、相当なプレッシャーで追い詰められているようだなと思いました。そこには個人の人生と別に親の期待もあるだろう、それこそがつらい人もいるのかもしれない。鬱屈、閉塞した気持ちはたかだか体育の時間だけでは解消されなくて、イジメは常態化しているようでした。でも死人が出たのは初めてなのかもしれない。
このときの行動がきっかけで、チェン・ニェンは次のイジメのターゲットとなり、過酷な日々が始まることになる。チェン・ニェンを慕う男子生徒がクラスにおりその子はイジメに気づいている、というかみんな知っている、けれど誰も何も言わない。
チェン・ニェンはイジメをみて見ぬふりをしていたことをだいぶ後悔したようで、殴られ続けているシャオベイを無視することができず、そこから二人は顔見知りに。シャオベイは学校へ行かず(私は一瞬戸籍がないのかと疑ったのですが、でも身分証は持ってる…そして携行してる。もしかしてバイクの免許なのかな?)
迫る受験、苛烈なイジメ、その中で心の支えとなるシャオベイとの交流。
この話を見ていて途中、冗長な感じはあった。そしてボロ泣きしたわりに、一体なんの話だったのか、どこで泣いたのかは思いだせなかった。社会派なテーマを扱っているが、それはただ「イジメはいけない」に収束する話でいいんだろうか?ということなのかもしれない。放心するものの何も思い出せないあたりがエンタメだと思った。
泣いた理由。それは、多分、普遍的な箇所を外さなかったからではないか?と思う。母親の愛情と愛憎、肉親への「ありのままのわたしをみてほしい」気持ち、コミュニティの外にある居場所、used to be の持つ喪失感。
原題は邦題と比べるとより強く、郷愁のイメージ(時は戻らない、楽しいことも辛かったことも、未熟さゆえのさまざまな出来事)がある。そこにはチェン・ニェンの罪悪感もあるように思う。
「もし」はない。
そう言い切るシンプルさがシャオベイの青さであり魅力だと思う。あのシーンは、おそらく実際のあの場面での会話ではないだろう、(回想か、再会したあとに話した会話か)警察車両は2台、Y字路で左と右へ行く。
チェン・ニェンが泣いているシーンはだいたい一緒に泣いていました。彼女、普通に18くらいに見えてすごいと思った。そして検索すると別人のような本人がズラっと並んでそれもほんとにすごいと思った。