日本では相談にお金を払わないのはどうして?
柏木です。「日本では相談にお金を払わない。」のってなんでなんですかね?
日本では相談に金を使わない。廉価版にするのならユーザー数が必要だよねって話を皆でしてるんですけど、シンプルにこれってなんでなんだろうなと思っております。
先月、キャリアカウンセラーの勉強会でも
「最近【コーチングはお金を払ってするもの】という文化が根付いてきました。これに比べてキャリアカウンセラーはこの努力を怠ってきたように思います。」
というお話をしていて、そうだそうだ!と百姓一揆のような相づちをしてしまいました。
「怠ってきた、というよりも、私たちが向き合う相談者は、仕事に就いていないといったケースもあり、報酬を得るのが難しい状況の相手が多かったからなんですね。それに加えて、内示を受けるかどうするか。どの仕事につこうかどうしようか。いつまでに再就職しなきゃ。といった期限が決まっている相談が大半なんです。相談の本質は仕事じゃないかも知れない。上司との人間関係かも知れないといったどのような相談がくるのか全く範囲が予想できない中で、期限の迫った相談をうける。つまり、我々はカウンセリングの中でも最も難易度の高いものを求められている訳です。」
いやだったらもうちょっとどうにかしてくれぇええぇええ!
キャリアカウンセラーの資格とるのに約50万円のお金がかかって、更新するのにも毎度せっせとお金を払って、気づいたら国家資格にまでなって、
「国が皆さんを求めていることの表れですね」と言われて、そうなの?と思いつつ静かに職業支援系の助成金は縮小していって、活躍する機会は自分で見いだそうねって、なんやねん!
お金にならない資格って!!!なんなの!!!そう思い続けてもう5年目よ!!
それでもコーチングよりも必要性があると思ってる
それでも、私はコーチングよりも必要性があると思ってるんです。そもそも、仕事の相談がお金にならない理由の一つは、「教育と仕事は多くの人が経験しているから皆が自分の持論を持っている」ことなんですよね。
でも、経験則でもらったアドバイスって刺さりますか?
「…あなただったからできたんでしょ?」と思うアドバイスをもらって嬉しいですか?もしくは「これは刺さる!」と思うアドバイスを貰えるような良い人との出会いってめちゃくちゃ貴重で、運次第じゃないですか?
ボランティアじゃねぇ、仕事だから提供できる対価
ボランティアじゃない、仕事だからできる対価ってきっと必ずあってお金が発生するからこそ出てくる対価ってあると思うんです。
元々私たちは難易度の高い相談を受けていて、高い倫理観を持って相手が行動することをゴールとしたとても難しいものをやっているんです。
この倫理観はある程度の報酬が得られないと、維持できないはず。そうじゃないから中途半端なサービスが横行して、ますますお金を払わなくなるサイクルになる。ちゃんとしたサービスを提供してるところが、ハローワークか大学の進路室しかない。半公共サービス。さらにお金を払わなくなるサイクル。
答えは出ないが、このサイクル変えたい!
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?