見出し画像

富山県は本当に「『寿司』と言えば富山」になれるか? vol.19(入善町)

 前回までの連載で私は、富山県の新田八朗知事が2023年夏に「『寿司』と言えば富山になるぞ!」と宣言したことに感化され、私もいろいろ考えを巡らせ、富山県内の寿司屋を回っていると記した(これまでの記事は下記サムネイルからどうぞ)。

 昨年秋には富山県成長戦略カンファレンスのセッション『「寿司と言えば、富山」地方ブランドは本当に作れるのか?』に登壇したことから、「世界標準寿司を増やしてまずは富山にフーディーを呼び、そこでキトキトの魚を富山産の酢飯に乗っける呑み寿司の魅力も知ってもらう流れを作ること」がいいのではと考え、2023年はまず、富山市、氷見市、魚津市あたりを回った。今年に入ってからも富山出張の度に寿司屋を巡り、これまで高岡市、新湊、滑川の寿司屋を訪ねたが、これでまだ未踏なのが東側と山間部となった。

富山市内の「銀八」で富山の寿司の旨さにノックアウトされた。

 この記事が出るころはすでにずわいがにも解禁となり、ぶりやふぐも美味しくなっていると思うが、私が今回訪れたのは11月初旬でかにの解禁直前。だが、富山湾はすでに脂の乗った魚たちが揚がっていた。
 私と富山のつながりは、祖父が入善町出身で、父が入善町に縁故疎開したことによる。だから、どちらかというと東側にご縁があるのだが、これまで富山の寿司の情報は富山市から西側であることが多く、東側では魚津市にあるミシュラン1つ星の「鮨大門」くらいしか聞かれなかった。

「大門」の見事なコハダ。

 だが、実際に魚津市に行ってみると「太助鮨」や「小政」など富山らしい寿司屋がいくつもあったし、料理屋も美味しい。魚津市は人口ひとり当たり一番飲み屋の数が多い町だとも聞く。実際、魚津市の繁華街は深夜まで華やかだった。

「太助鮨」のカウンター。

 さらに、魚津市より東側にも黒部市、入善町、朝日町があり、どこも海に面した町である。今回はそこの寿司屋を探そうと思ってやってきた。そして結論からいうと、いい店があった。
 一般的に、東京や大阪など人口が多い地域は食べログやグーグルの情報があてになるが、地方では投稿する人が少なく、情報自体がほとんどない。だからこうした場所で一番頼りになるのは口コミなのである。
 富山東部のなかでも、やはり最初は私の父が疎開した入善町から攻めることにした。入善町は海に面し、黒部川の扇状地であることから全国名水百選にも認定されている。農業が盛んだが、名物は「入善ジャンボ西瓜」とよばれるラグビーボールのようなかたちの西瓜。大きいものは20キロ以上にもなる。私が子供の時は大きいだけで水っぽいと言われたが、品種改良のおかげで甘くておいしい西瓜になっている。
 今回は昨年、私がはじめて著書『ニッポン美食立国論』を出したときに出版記念パーティに来てくださったことがご縁で親しくなった、入善で農業「てらだファーム」をやっている寺田晴美さんの情報に助けていただいたのだが、寺田さんは入善ジャンボ西瓜も生産しており、私も毎年いただいている。

寺田さんの「入善ジャンボ西瓜」。

 寺田さんは入善の美味しいもの情報にも精通しているため、事前にうかがうと、
「昔から馴染みの寿司屋さんが先日閉まったのですが、昨年出来た店はどうでしょうか。ご一緒しますよ」
 とご紹介いただいたのが「鮨がめさ」。不思議な名前だと思っていたのだが、主人の竹内勝誠さんによると、竹内家の屋号から取ったのだという。
 竹内さんのお父さんは入善で長く「勝寿司」を経営。だから、竹内さんにとって寿司屋を営むのは当然かもしれない。東京と富山県内で修業後、2023年12月にオープンした。

「鮨がめさ」の暖簾。

 寺田さんからは事前に寿司居酒屋と聞いていたが、がめさの外観も内装もまっとうな寿司屋。カウンターのガラスケースには富山湾のキトキトな魚が並ぶ。
 お通しに、ヒラメの昆布締め、小松菜のおひたしが出されてから、この日のおすすめからブリ、ヒラメ、アジ、バイ貝の刺身、べにずわいがにの盛り合わせ。富山の寿司屋に行くと、私はバイ貝の刺身をいただくのが楽しみなのだが、コリっとしながら味わいがあって旨い。紅ずわいがにを食べると冬に近づいたことを感じる。

キトキトな肴の盛り合わせ。

 そしてふろふき大根、銀杏をいただいてから握りに移った。日本酒もまずは朝日町のはやし、そして主人のおすすめの九平次に。
 まずはまぐろの細巻、しめ鯖の握り、卵をいただいたが、醤油が甘くないことに気づいた。酢飯も富山の標準よりは甘くない。そんなことを竹内さんに話したら、
「わかりましたか。父は東京で修業してから富山に戻ってきたんです。だから酢飯も醤油も江戸前で、帰郷後、酢飯は富山の味に合わせて変化させたんですが、醤油は変えなかったのが父の流儀。私も東京・巣鴨の『蛇の目鮨』で修業したので、江戸前の寿司も富山の寿司も学び、父の流儀を継いでいるんです」

江戸前の醤油でいただくしめ鯖。

 なるほど。寿司屋をまわるごとに、その店のストーリーがあるものだ。蛇の目鮨はもともと東京の下町、新富町に本店があり、そちらの創業は1865年とか。いまも都内に数々の蛇の目がある。巣鴨の蛇の目鮨はいま三代目がカウンターに立っているが、初代もまだ現役だという。

卵も自家製。

 最後にオリジナルの「がめさ巻」をいただいた。まぐろ、いくら、サーモン、ぶり、甘海老、かにを巻いた太巻で、これは見ただけで美味しいことがわかる。

見ただけで美味しいとわかるがめさ巻。

 寺田さんによると、このあたりの寿司屋は、おつまみをつまんでから、寿司で締める居酒屋のような使い方が多いため、魚介類以外のメニューも豊富なんだという。今回は握りの合間に寺田さんも参加している入善町女性農業者グループ「百笑一喜」が作っている里芋のコロッケもいただいた。

地元の里芋を使った「さといもコロッケ」。

 だから寿司居酒屋といわれるのだろうが、寿司だけ取ってみれば本格派。江戸前と入善前が見事に調和した、わざわざここに行かないと味わえないオリジナルの寿司に仕上がっている。だから地方は楽しいね。
 さてと、まだまだ続く、富山寿司の旅。

★鮨がめさ


いいなと思ったら応援しよう!